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2005年02月15日

主任・・・凄すぎ!(井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

神奈川県にあるその葬儀社は、
当時、現場を担当する施行部隊の10名ほどは、20代の若手ばかりで、
皆威勢が良くて気が短くて、明るくてスケベで、賭け事が大好きで
いろんな意味で、元気一杯の若者たちが揃っていたのだ。

私は人材派遣の葬儀スタッフ要員として、ほぼ毎日出社しているうちに、
やがてデスクを与えられ、司会や担当もやらせていただくようになった。
やがて(勉強熱心な)私のデスクは資料で一杯になり、社員の皆さんは
何かあると私のデスクから必要な書類をコピーして使っていた。
(さりげない自慢である、ワッハハ)
その頃の葬儀スタッフのデスクの中と言えば、
私物ばかりか、漫画やエロ本が詰まっていた時代であり、
宗教の資料なんか滅多にお目にかかれなかった。
そして私は、宗教関係の資料と引き換えに、
貴重なエロ本を見せてもらっていたのは、当然のことである。
(大変お世話になった葬儀社さんである・・・居心地も良かった)

約20年前、はじめてこの葬儀社さんに伺った時は、
それはそれは驚いたものだった。
派遣される側の人材は、初出社の時は身が引き締まるものだ。
さて、ここはどんな会社で、どんな雰囲気で仕事をするのだろうか?
いささか緊張している私の前に現れたのが、このお話の主役、
その当時の主任の方だった。

あっ、この方はさっき駐車場で見かけた方だ・・・と思ったが、
確かド派手なアメ車のオープンカーにアロハシャツ(音楽ガンガン)、
サングラスに、半袖の両腕には立派な彫り物が・・・。
絵に描いたようなヤ××である。
足元を見れば、げっ、サンダル履きじゃん!
(ウソー、えっ、まじ、主任?)
『井手って、お前か? 』
『・・・はい(おー、こわっ)』
『ランク高いから何でもできるんだろう?』
『・・・(何でもって・・・殺しはちょっと)はー、まあ大体は』
『今日社葬だから、お前司会な』
『はい。(殺しじゃない、ホッとした)』
『年は?』
『27です。』
『俺より一つ上ジャン!』
『・・・(下かよ、まじ?)』
『学年だとどうなんだ?』
『・・・(今さら学年で聞くなって)34年のイノシシ生まれですから』
『やっぱ上かよ』
『・・・すいません』

何となくこんな会話があった。
印象としては、ちょっと怖いけど憎めないヤ××という感じだ。
こうして私は、主任が担当する社葬の施行をすることになった。
当時の私は、社葬の司会をするといわれても、
それこそ「なんちゃって司会」で、少しばかり器用に人前で喋れただけのこと。
しかし自分の姿が見えないというのは恐ろしい。
中途半端な知識で、平気でマイクを握っていたのだ。
それに付け加えれば、とても断れる雰囲気じゃないのも確かだ。

現場について驚いた。
会葬礼状と返礼品が1.000セット分ダンボールで届けられている。
当時は、葬儀スタッフが手作業で礼状を折って、鼠枠封筒の中に入れ、
さらに一つひとつ返礼品が入った紙袋の中にセットし、
それをテーブルの上に上手に積み木のごとく積み上げていくのだった。
『じゃ、これセットしとけよ』
たったのその一言で、見事なほどの一言で、
私のマジックハンドは目にも止まらぬ速さで2時間ほどフル回転した。
(人材の私は、どこへ行っても一番下っ端なのです)
その間、他のスタッフの姿が見当たらない。
何で?
どうして?
少しぐらい手伝えよ!

『おう、お疲れ!』
缶コーヒーを片手に再登場したヤ××主任は、
一本を私に投げて寄越し、(私が受け取ると)
『ストライク!』
『(えっ、キャラ変わってない?)・・・頂きます』
(嫌な予感)
さすがにスーツに着替えているから刺青も拝めないし、
こうして見ると、ただのアンちゃんに見えなくもない。
『今日の社葬二人でやっからよ、頼むぞ!』
『??二人だけで、ですか!』
『おう、うち歩合制だからよ、頭数揃えたくねえのよ、俺独り占め』
『はあ?』
『俺、頭いい? 切れる?』
『・・・(俺がキレるわ)』
(なるほど、そういうわけか)
どうやら基本給に、売り上げの一定歩合が付くらしいのだが、
施行人数で頭割りするらしいのだ。
ただし、これには人材はカウントされないのがミソであるらしい。

私の業務は、寺院との進行打ち合わせ、
受付や返礼品のスタッフ(会社の実行委員)への説明案内、
葬儀委員長、遺族、来賓、弔辞者などへの説明、
司会(ナレ・弔電・進行)、焼香回りの実務、香炭やローソク、
マイクの出し入れ、弔辞の受け渡しetc・・・。
一言でいうと、式場内のすべてだ。
(言われなくてもわかってるって)
で主任はと見れば、遊んでいるわけではなく式場外の雑務をこなしている。
こちらもかなり忙しそうで目が据わっていた。

いやあ本当に、ヘトヘトに疲れた。
きっとかなりのミスもあっただろう。
土台無理なセッティングなのだ。
開き直るしかなかった。
それにしても、1.000人の会葬者の社葬をたった二人でこなしたのは、
後にも先にもこれ一度きりである。
主任・・・凄すぎ!
この社葬の一件が評価されたのか、
私は暫くの間この葬儀社さんに常駐することになるのだ。

《主任外伝》
横浜の居酒屋で、この主任と飲んでいた時の話。
かなり酔っ払って、危険な状況にはなっていたのだが、
ふとしたきっかけから、酔った黒人と喧嘩になった。
身体は相手の方が一回り以上大きかった。
それに主任は特に格闘技の経験があるわけでもない。
しかしこの主任に不可能はないのだ。
何十発か殴りあった後、
(最後の方は無国籍映画の格闘シーンのように、一発ずつ交互でした)
黒人が言った。
『YOU ARE STRONGE』(お前強いなあ)
だったと思う、多分。
(本当はその後に、日本人のクセにとか、身体は小さいのにとか言った
と思うが、とても私には訳せなかった)
主任・・・凄すぎ!!

ある時、忘年会の帰りだったか、主任を含む4人で飲んだ帰りに、
皆かなり酔っているのに、主任が自分の車で送るから乗れと言う。
嫌だと言っても聞く相手でもないし、運転は主任、助手席に一人、
後部座席に二人と乗車して地獄のドライブが始まった。
スピードが半端ではない。
これは確実に事故ると確信した三人は、
主任には気付かれないように配慮しながら、
それぞれに近くにあったクッションを腹に当てたり、
身体を丸める防御体制を取ったりしながら、
何とかスピードを落とさせようと何気ない会話を続け、
それでもその時が近づいている事を悟っていた。

ドーン!

やっぱりね。
耳鳴りがキーンとして、頭の上の方がチカチカして、
天使でも舞い降りてくるのかなと思ったが、こんな時は神も仏もないのだ。
左の前部を電柱にめり込ませ、車が停まっている。
エンジンも止まっている。
あー、助かった。
防御体制をとっていると意外と怪我しないのなあ、なんて
ホッとした三人で見詰め合っていると、
主任一人が平然と、そう・・・まるでただのエンストだったかのように、
「シュル・シュル・シュル・・・」
「シュル・シュル・シュル・シュル・・・」
おい、まだエンジンかけようとしてるよ。
『主任、もう無理じゃないすか?』
『大丈夫、待ってろ、送っていくから』
主任・・・凄すぎ!!!

その他、2台のトラックで施行現場へ向かう途中、
数台のダンプ軍団と、道に割り込んだ割り込まないで揉めて、
葬儀スタッフとダンプの運ちゃん達が横浜で大立ち回りを演じて、
国道1号線を封鎖したり、もう滅茶苦茶。
大渋滞で警察が駆けつけ、こっぴどく叱られたが、屁とも思っていない。
ある意味、人生が楽しくて仕方がないのだろうか。
とても魅力的な人だった。
この当時、警察関係の葬儀をお手伝いすると、警官の方によく聞かれた。
『お前んとこ、○○っていう元気のいいのがいるだろう?』
『いやあ僕は知りません、ただのアルバイトですから』
『あんまりやんちゃしないように言っとけ』
『・・・(言えるわけないじやん)』
主任・・・本当に凄すぎ!!!!

本当に昔の葬儀屋さんは、エッセイネタになる人が多かった。
当時インターネットがなくて良かったわ。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2005年02月15日 03:46

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