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2005年11月26日

ミュージックセラピーの現場から…「天に召されたTさんに捧げる曲」(加藤直美)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

私が或るホスピスに音楽のボランティアで伺いはじめ、
10月中旬の頃にお顔見知りになった患者様のTさん。
Tさんは音楽が大好きで、午後のお茶の時間に
私がつたないピアノを弾き始めると、身体全体で喜びを表現してくださる。
ホスピスに入院なさっている患者様は、
すでにベッドから起き上がることが出来ない方が多い。
だから談話室までいらっしゃるというよりは、そこから聞こえるピアノの音に、
お部屋の中で静かに耳を傾けてくださることが多い。

Tさんは一度、お風呂に行く前に看護師さんにせがんで、
ベッドのままピアノの横まで来てくださった。
その時は秋の歌を歌ったことを覚えている。
ニコニコとした表情で「もみじ」を一緒に歌った。
初めてお会いしたTさんと私を「もみじ」の歌がつなげてくれた。
そして2度目にお会いしたときにも、
酸素の管をつけてベッドに寝たまま談話室に来てくださった。
私がお顔を覗いてごあいさつすると、にっこりと微笑みかけてくれた。
シャンソンや宝塚が大好きという。
私はその時に用意できるすべてのリクエストを弾いて差し上げた。
ボランティアスタッフの方も一緒に歌ってくれた。
「すみれの花」「ラストダンスは私に」「愛の讃歌」・・・。
ヨン様も大好きとのことで私はすぐに「冬のソナタ」を弾きたかったのだが、
残念ながら準備をしていなかった。

この次に伺う時には必ず聞いていただこうと、帰ってからすぐに準備をした。
シャンソンももっと明るいものをと「オー・シャンゼリゼ」などを準備した。
そして今回のピアノライブでは一番初めに、
ヨン様主演の冬ソナの「最初(はじめ)から今まで」を弾いた。
病室のTさんに届けとばかり気持ちを入れて弾いた。
私はお部屋で聞いていてくださるものとばかり思っていた。
ボランティアの方も、Tさんが好きだった曲と気付かれたようだ。
そして・・・「Tさんはもう・・・」と私に一言おっしゃった。

「ああ・・・遅かったんだ・・・」
弾いている指が一瞬止まりそうになったが、でも私はやめずに最後まで弾いた。
天国にいらっしゃるTさんに届けとばかりに一生懸命弾いた。
ほんの2度だけお会いして微笑みを交わした、ただそれだけなのに、
私とTさんとの間には、共に歌ったという深く鮮やかな思い出が残っている。
あの時その音楽を聞きながら傍らで涙なさっていたご主人の気持ちを思うと
とても辛いが、ボランティアスタッフの方々とご主人を見守った時間は、
私にとても大切なことを教えてくれた。

ご自身の人生の終末の時に、その生涯の中で好きだった音楽を聞いてくださったTさん。
心の中では何を感じてくださったのだろう・・・。
その本当の思いはTさんから直接には伺えなかった。
あのときの微笑み、言葉が無くても充分に伝わる喜び、そして悲しみ・・・。
その現実を不思議と優しく包んでくれる
「音楽の力」を充分に感じた私の貴重な体験だった。
大切な何かを教えてくれたホスピスとTさんを思い出しながら
これからも「冬ソナ」を弾き続けよう。

この日は最後にもう一度「冬ソナ」を献奏として捧げた。
明らかに私の中でTさんは生きている。
目の前にTさんの笑顔が蘇える。
ご冥福をお祈りします。どうぞ安らかにお眠りください。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2005年11月26日 13:10

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