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2006年03月18日

「泣いてもいいですよね」

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

ホスピスで行っているピアノライブは、私にとっても心の安らぎの時間だ。
週に1回、私はそのピアノライブの1時間30分程度を、
ただひたすらピアノに向かい弾き続ける。
いつも私の大好きな曲のオンパレード。
私の音楽の世界にどっぷりと漬かることができる、
自分への「究極の癒しの時間」でもある。
患者様やご家族、看護師さん、クリーンスタッフにまでリクエストをもらい、
その方々の音楽の世界を垣間見ることもできるとても深い時間だ。

ホスピスに伺ってから、人が生きて来た中で、
どなたにも深い関わりのある音楽が存在するということが分かった。
「お好きな歌は何ですか?」と尋ねると、
しばらくしてどなたからも、必ず答えが返ってくる。
それも様々なジャンルの音楽。様々な時代の歌。
楽譜があるものはすぐに弾いて差し上げる。
楽譜が無ければうろ覚えで、ナンとなく弾けるものもあれば、
全然思い出せないものもある。
でも今この時に、少しでも弾いて差し上げる努力をする。
弾けなければ歌う。ラララだけでも歌う。
ホスピスには「今度・・・」という時間は約束されない。

Oさんとは、去年の暮頃に出会った。
仏文学や演出などのお仕事をしてきたとご本人から伺った。
ピアノの時間に仏の映画音楽を随分リクエストしてくださって、
私も頑張って練習したのを覚えている。
「男と女」「シェルブールの雨傘」・・・。
お元気な頃はポリフォニーとか教会音楽とか、
そういったことに関するお話も伺った。
Oさんはビートルズ世代。
「イエスタデイ」「ヘイジュード」「レットイットビー」など、
家にある古い楽譜を探し出して、弾いてさしあげたことも思い出す。

その方が・・・亡くなった。
ホスピスでの活動で、初めて色々なことをたくさんお話した患者様だった。
独身でいらしたらしく、病床ではご家族の姿もなく
一人で最期を迎えた方だった。
しかし今ある現実をしっかりと受け入れ、
迷いのない日々を送っているように見受けられた。
いつも私のピアノの時間にそっと寄り添ってくださり、
必ず1曲ずつに拍手をくれた。

先日のライブで、私がピアノを弾き始めてすぐに、
ボランティアスタッフの方が、小声でOさんの死を教えてくれた。
ホスピスでの活動のすべては
「個人的に介入するものであってはいけない」
「一人だけに何かをしようと思うことは危険なことである」など等、
患者様への個人的な思い入れや、関わりは切り離すべきことであり、
偏った感情は横に置くことが求められる。
私だって、いつもいつもその患者様の病状を考えていることには耐えられない。
ホスピスで「死」は、目の前に立ちはだかる越せない壁。
お医者様でさえ神様でさえ避けられない。
ご本人ですらどうしようもないこの現実を他人がどうすることも出来ない。
何かをしてあげようと思うことそのものが、私たちの驕りとも言える。
私には週1回だけ、音楽を通して側に寄り添うことしか出来ないのだ。

Oさんの死には、涙が流れて止まらなかった。
ピアノを弾いている最中に聞いてしまったものだから、弾きがら落涙した。
Oさんの面影が頭の中に次から次へと思い出されて・・・。
ついこの間そこに座って私のピアノを聞いてくださっていたのに・・・。

その時私は、この気持ちに正直でいようと思った。
泣きたければ泣いていい。
私も一人の人間。
悲しみを隠すのはやめよう。
ピアノを弾き終わり、ひとしきり泣いた。
そして又、弾き始めた。天国にいるOさんへの鎮魂歌。

ホスピスでは、葬儀で出会う故人への感情とは、又違った深い悲しみがある。
生きて知り合う方が、亡くなって行くという現実。
Oさんは、もうベッドから起き上がれなくなり、
ラウンジにピアノを聞きに来られなくなっても、
ベッドの中で私のピアノを聞いていてくださったそうだ。
1曲ずつちゃんと拍手をしてくださったと、看護師さんから聞いた。

知らない者同士がホスピスで出会い、音楽を通して、
人生の優しい時間を共有できたということに、不思議なご縁を感じる。
そしてその時間はいつまでも私の中に生き続けて行くだろう。
ご冥福を祈ります。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2006年03月18日 23:19

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