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2006年03月21日

彼岸 (井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

彼岸は、日本においては仏教行事(彼岸会)でもあり日本の風習でもある。
<日本においては>と言ったのは、他の仏教国では存在しないからだ。
彼岸は「到彼岸」の略で、間違っても「倒彼岸」にはならないように。
これはサンスクリット語のパーラミータ(音写して波羅蜜)を漢訳した言葉。
意味は、彼岸へ到達する。しかし、彼岸の語源は「日願」であるという説もある。
ここにも私が言う<2つの視点>が存在するようだ。
宗教上に起因・・・到彼岸 ⇒ 彼岸
習俗上に起因・・・日願  ⇒ 彼岸
何故日本人は、古来より彼岸を重んじてきたのだろうか。

宗教上の理由付けを考えるに、
春分の日と秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む。
この日は昼の長さと夜の長さが、丁度一日の半分ずつ。
明るい昼は悟りの象徴、暗い夜は迷いの象徴。
浄土と娑婆(現世)の境界線・・・2つが接する日としての象徴だったのか。

習俗上の理由付けを考えるに、
古来より存在する民族独自の太陽信仰の系統として、
季節の移り変わりの中で、春分の日と秋分の日は重要な節目である。
春分の日は種苗の時期に、そして秋分の日は収穫の時期に当たる。
生きていくための大切な節目としての位置づけ。
まさしく「暑さ寒さも彼岸まで」だったのだろう。

上記2つを融合させた要因は、2500年~3000年前、
現在のネパール付近で起こった「アミータ信仰」が爆発的支持を得て、
東アジアから海を越えて日本に伝播する。(仏教の伝来)
日本人に一番人気の浄土、つまり西方極楽浄土・阿弥陀仏の浄土である。
(アミータの音写が阿弥陀である)
この極楽が、阿弥陀経という極楽の様子を描いたお経によれば、
十億仏土(十億の浄土)を越えた真西に・・・遥か遠い真西にという意味・・・
極楽と呼ばれる浄土が存在するという。

これで決まりだ。
春分や秋分の日に、真西に沈むお天道様を拝めば、
極楽浄土の東門を拝むことになり、またある種の太陽信仰でもあるだろう。
先祖供養と太陽の恵みとしてのお供え物がトッピングされるのは自然の成り行き。
仏教と古来の風習や土着の信仰が混じり、彼岸は昔から大切な位置付けを持った。

ところで、春は牡丹で「ぼたもち」、秋は萩で「おはぎ」だ。
牡丹の花のように「ぼたもち」は大振りに、萩の花のように「おはぎ」は小振りに。
また、花のイメージから「ぼたもち」は<こしあん>で、「おはぎ」は<粒あん>で。
そんな話を聞いたこともある。

これ読めますか・・・「二河白道」。
親鸞聖人が尊敬された七高僧の1人で、中国唐時代<善導大師>の有名な教えです。
「にがびゃくどう」と読みます。
この二河白道の喩え話が仏教的には、彼岸を教えてくれています。
その話とは・・・
1人の旅人が西へ西へと向かって旅を続けていました。
すると左右を大河に挟まれた一本の細い道に突き当たります。
向かって右の大河、すなわち北側の河は、
激しく波が渦巻き、その波にさらわれて落ちたらひとたまりもありません。
向かって左の大河、すなわち南側の河は、
火山口のように絶えず炎を噴き上げ、今にも襲い掛かってきそうです。
向こう岸までは100歩ほどの距離ですが、道幅は15センチ程度しかなくて、
とても心もとなく安全に渡りきれそうにありません。
引き返そうかと思案し、ふと振り返ると、猛獣や悪賊がすぐそこまで迫っていました。
絶体絶命・・・このまま西に進めば、火の河か水の河に落ちて死ぬだろうし、
立ち止まっても引き返しても命を取られてしまいます。
助かる道は唯一つ。
一筋の細い道に託して西に進もうと決意した時、声が聞こえてきます。
東の方からは「迷わずにこの道を行け」と勧める声。
西の方からは「迷わずにこの道を来たれ」と呼ぶ声。

まあこんな喩え話なのですが、少し解説を。
西に向かう旅人の眼前に忽然と現れる細い道・・・
一心不乱でなければならず、邪心が入ればたかだか100歩の距離も渡ることの難しさ。
これは発願して直ぐ近くまで到達していても、開悟の難しさを表しているのでは。
(私なんか邪心だらけだから到底無理)
右の大河・・・北側の激しく渦巻く水と氷の大河は、寒い冬の象徴。
左の大河・・・南側の火山口のように火を噴く大河は、暑い夏の象徴。
その真ん中を通る細い道は、昼と夜の長さが等しい春分と秋分の一日です。
1年でたったの2日間だけという極めて稀な自然現象。
東の方から聞こえる「迷わずにこの道を行け」と勧める声は、お釈迦様の声。
西の方から聞こえる「迷わずにこの道を来たれ」と呼ぶ声は、阿弥陀様の声。
東が娑婆で西が浄土。太陽は東から昇り西に沈みますからね。
東から生まれた命がその終焉と共に西に沈み、
そこには祖先の住む国(浄土)があるのか。
旅人の眼前に広がる左右の大河・・・この細い道を渡りきった西の向こう岸が<彼岸>。
大河のこちら側が<此岸>ということだろう。

善導大師はこう言っています。
「釈迦は既に亡くなり会うことは出来ないが、その教えを尋ねることは出来る。
遺されたお経によって、私たちに呼びかけて下さっているのだと・・・」
だからお経を読むということは、お経を聞くということなんだけれども、
お釈迦様の声が、その教えが、直接私たちの耳に届かないようにしてしまったのは
何を隠そう僧侶自身ではないのだろうか。
お経は、ただありがたいだけの呪文ではありませんぞ。
歴史上で釈迦は2500年前の過去の人、しかし仏教上では今も皆様に語りかけている。
そうであって欲しい。

それにしても彼岸の時期なのに、僧侶の法話は先祖供養や墓参りの話ばかり。
そんな話は、さすがに皆聞き飽きている。
もう少し工夫をしていただければありがたいなあ。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2006年03月21日 00:22

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