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2007年08月15日

個人葬の司会を終えて(石川 元)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

最近「朝青龍」のニュースで持ちきりですが・・・・。
両国と言えば「相撲」、駅のホームからは国技館が、
駅周辺は「ちゃんこ」屋さんが目に付きます。
私の父は相撲が大好きで、家族で国技館まで足を運んだ事もありました。
輪島VS北の海の時代です。(古いね)
しかし、それよりももっと古い時代…戦後の苦しい「相撲界」を、
影で支えた方の葬儀を担当させて頂きました。

日本の国技である相撲は、江戸時代は主として公共社会事業の資金集めの、
勧進相撲興行の形態を取っていたそうですが、明治四十二年、
旧国技館が完成するまでの七十六年間もの間、
当地「回向院」で相撲が行われていたとは驚きです。



力塚の碑は、昭和十一年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立し、
その後も新弟子たちが力を授かるよう祈願する碑として、
現在も相撲と「回向院」とのつながりを示す象徴になっているそうです。
力士を含め、相撲関係者の方々のご葬儀は、
縁(ゆかり)の地「回向院」で執り行われる場合が多いそうです。



祭壇の奥には、ご本尊の阿弥陀如来様の慈悲に満ちたふくよかなお顔が・・・。
そしてご本尊の背面にある千体地蔵尊は、
後光さながらにご本尊を守護していらっしゃるようです。
その前に故人の祭壇が組まれる訳ですから、
何だか“強い力”に守られているって感じですよね。
黒塗りのお棺も会場にマッチしているように思います。



あっ”^_^”!!
参列者の中にはスポーツキャスターに、私が若かった頃一世を風靡した力士達。
体の大きな現役のお相撲さんも大勢いらして、
5人掛けの席には3人の力士がやっと座れるといった感じです。
後方での司会だったので、私のすぐ前に座る力士の椅子が壊れて、
尻餅をつくのではないかと内心ヒヤヒヤしていました。
しかし尻餅をついたところで、スポーツマンなのですから怪我をする事もないかぁ。
力士を目の当たりにして、大きな体のぶつかり合いである“相撲”は、
本当に激しいスポーツなのだな・・と改めて痛感します。
国技である相撲は、後世までしっかり残していきたいものですね。



そして「回向院」に眠る鼠小僧。
時代劇で義賊として活躍するねずみ小僧は、
黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗み、
町民の長屋に小判をそっと置いて立ち去ったといわれるヒーロー。
架空の人物だと思っていたのですが、ここにお墓があったとは・・・。
鼠小僧の長年捕まらなかった運にあやかろうと、
墓石を削りお守りに持つ風習が江戸時代より盛んで、
小袋に墓石を削った粉を入れて持ち帰る人の姿も見られました。
私も小石で墓石を削りましたよ。



ビルとビルの間に佇む大都会にある「回向院」は、
時代の流れと共にだいぶ縮小されてしまったようですが、
境内の史跡はまだまだ見所があります。
両国駅からすぐ近くなので、
相撲観戦の時に合わせて見学されるのもいいかもしれませんよ。

故人のご冥福をお祈りいたします。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2007年08月15日 08:00

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