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2008年02月28日

撮影日記 (工場長)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

私も、近々発売の接遇DVD(綜合ユニコム)の撮影に行ってきました。
現場風景をカメラに収める記録係がメインでしたけれども、
エキストラで出演するということもあり、とても良い経験にでした。
テレビに映る映像の撮影は、なかなか難しいですねぇ。

まずは、写真を見てもらいましょうか。

 

 

 

 

 


さて、写真を見てもらえれば加藤さんばかり写っています。
MCプロデュースの中では、今回の接遇DVDの主役でしたからね!
監修として各シーンで役者さんに細かな動きを付けたり、説明をしたり、
下準備も大変だったのでしょうが、撮影日も大いに忙しそうでした。
接遇研修以上に声を掛けられていた…といえば、その奮闘振りが伝わるでしょうか。
撮影最終日翌日のメールは、諸連絡の最後に「昼寝します」と書いてありました。
お疲れ様でした。

私といえば、2,3シーンのみの出演でした。
しかも、エキストラなので、歩いたり、立っていたり、
ただそこに居るだけです。
しかしまあ、「ただそこに居るだけ」であるのが、何という難しいことやら。

映像には必ず世界があります。
例えば、遺影を前に故人の思い出の会話をするシーンだったり、
返礼品をもらって帰るシーンだったりします。
しかし、虚構の世界なので完璧ではありません。
遺影写真は、生きている人の写真だったりしますし、
返礼品の袋の中身を見るとペットボトルのお茶だったりします。

その上で、尚且つ、役者の会話のタイミングや歩く道筋は、決められるのです。
「このタイミングで○○と話して」「ここを通って」等と、
その意図通りに行動しなければなりません。
役者が自由爛漫に行動しては、意図のある映像は撮れない訳です。
完璧でない世界なのにもかかわらず、行動や会話は決められている。
本来なら、無理があるわけです。
返礼品にペットボトルのお茶が入っていたら、「え??」となるのです。
でも映像の中では、ありがたく受け取らなければなりません。

このギャップを埋めるのが、演技というものなのでしょうね。
共演した橘さんは、同じシーンでもすんなりと世界に入っているようで、
自然で、演技が上手かったです。私とは大違いでした。
私の場合、言葉を話していても、
映像の中ではコミュニケーションが取れていないように写っていると思います。
ただ、言葉が声になって出ているだけ、といった感じ。

このエッセイを読んでおり、尚且つ、今回の接遇DVDを買われた方は、
それを実感できるのではないでしょうか。
私と橘さんの演技の違いを見るという、非常にマニアックな見方もできるかと思います。
是非、確かめてみてください。


意図があって、それに伴った行動があって、その通りに自然に動けるようになる。
それが演技…と書いていている内に、
なんだか接遇の研修で言われていることに似ている気がしてきました。
「マニュアル通りの受け答えではお客様は満足しない…」
まるで、棒読みの私の演技のようですね。

ちなみに、監修の加藤さんがこの日言っていた言葉の中で、
一番強く言っていたのは「心」だったように思います。
この接遇DVDが、どのように出来上がるのか、どのような表現があるのか、
私も楽しみです。

PS.撮影の現場にいらっしゃった皆様、お疲れ様でした。
   特に、綜合ユニコムのK様、色々とご尽力頂きましてありがとうございました!

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2008年02月28日 08:56

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