それは「0次の備え」です。
あの3・11の日、仙台郊外で地震に被災した私にとっては、
経験の中から生まれた持ち物でもあります。
自宅で大地震に備えて準備している「1次の備え」「2次の備え」の
一歩手前の備え(0次)とでもいいましょうか・・・。
3・11のあの時、コンビニに行ってもとっくに売れ切れていたものを
自分が持っていれば安心ということに気がつきました。
最近は、富士山が噴火するとか、南海トラフの地震とか、
九州や関西でも地震は多くて、怖いことばかりが、ささやかれています。
新幹線で富士山の真下を通る時には「どうか、今、噴火しないでくれ!」と
祈るような気落ちで通り過ぎます。海に近い出張先は、
どうしても「今、津波が来たら・・・」というイメージで見てしまいます。
知らず知らずの内に「今、逃げるとしたら・・・」と高い場所を探しています。
ゲーム感覚のように、いつも気にしていることが大切だとは思いますが・・・。
ということで私の「0次の備え」をご紹介します。
これらは持ち歩ける程度の袋に入る大きさでまとめました。
携帯食(カロリーメイト、飴)懐中電灯、携帯充電機付ダイナモラジオ、
携帯ラジオ、電池、ホイッスル、ペン、メモ、
避難用カード(身分証明所、家族の連絡先)です。
それからいつも持ち歩くスーツケースのポケットには、
マスク、携帯カイロ、携帯トイレ、ティッシュ、バンダナ、ポリ袋などが
常に入っています。水は、せめて500mlは常に持ち歩くようにしています。
3・11の時は、まず携帯の充電が切れました。
それまでメールだけは通じていたのに切なかったです・・・。
ライフラインの電気もガスも水道も止まりました。
テレビがつかないので情報も入って来ませんでした。
あの津波の惨状を知ったのは、
地震後4日目に秋田のホテルにたどり着いた時でした。
だからラジオを持ち歩くことは重要です。
それから、とてもとても家族に会いたかった・・・。
だから身分証明書の裏側に家族の写真を入れました。
これで何事もなければオーライです。
でもいざとなった時に、出来るところまで自力で生き抜いていけるよう、
普段からの心がけと準備は必要だと思っています。