2006年05月23日

ため息と、あきらめの世界…その後 

その葬儀屋社長の傍若無人振りにすっかりあきれ果てて、
葬儀社への信頼を失った私たち遺族側は、
もうここまで来たら「やるしかない」という開き直りで翌日の通夜を迎えた。

通夜会場で、その社長は
「よろしくお願いします」という私に
「ああ、どうも」とだけ言った。
案の定、準備の段階では、式場の真ん中に陣取って大声で
「ああだこうだ」とスタッフに指図している。

「式場で、お客様の前で大声張り上げて指示命令を出すリーダーに、ろくな人はいない」
というのが私の長年の経験だ。
この社長は、通夜のその現場で、ツイードの上着に金縁めがね。
まるで昼間どこかに遊びに行った帰りにちょっと式場に寄ったかのようだ。

そしてこういう担当者になついているスタッフは、同じように常識が無い。
リーダーに、スタッフを見る目が無いのはもちろんのこと、
スタッフ教育も出来ないから、無理もない。
私がもしこの社長の下についてレディでもさせられるとしたら、
それはそれは丁寧にお断りしたい。(まっぴらご免だ)
身も心も二日間として持たないだろう。
しかし仕事として万が一共にしなければならない時には、
自分の心を冷たくして麻痺させる。
どんなお客様への社長の無礼なことも、
気にしない、感じない自分を演じることしかない。
「耳をふさぐ」「目をつぶる」「口を閉じる」それが処世術なのだ。

私が思う葬儀接遇の基本は「よい態度」「ていねいな言葉づかい」「謙虚さ」
ナニが無くても、まずはこれだ。
この社長には、当然のこと、一切のこういうことは感じなかった。
これは葬祭サービス業者としては「お客様不全症候群」という、れっきとした病気だ。
ここにこうして、いちいちあげつらうのも、すごく嫌だ。
もう思い出したくもない。
あとは葬儀接遇研修会の中で、悪い例として大いにに活用させていただくだけだ。

今思い出しても虫唾が走る、悪い例の一部をここにあげよう。
まずは、言葉づかい。
喪主や、私たちお客様に向かって、
「○○でしょう!」
「あっ、そうだよ、だってさあ・・・」
「あのねえ・・・」
お客様に、言葉づかいが出来ないということは、サービス業として致命傷だ。

葬儀進行の先が見えないこの社長に向かって、司会の私が次の進行を伝えると
「焦らないで、ねえ、大丈夫だから・・・」
大丈夫じゃないから、私は言っているのです。

一般会葬者のお焼香が始まるときに、遺族に向けて
「じゃ、椅子を斜めに、こっちに向けて並べて」
「違う、もっとこっちに、斜めに、そう、そうじゃ行くから」と、
遺族に椅子の方向を変えさせた。

通夜後、焼香の炭が途中から消えていたのを喪主が指摘すると・・・
「そんなわけ、ないなあ。だって、1時間もつんだよ、これ」と言った。
通夜のこの辺りから・・・「この葬儀屋は、はっきり言って、○○○悪いね」と、
みんなが言っていた。

火葬場のお骨上げで、壷を前にして
「これは、一番の高級品ですよ、すごいですよ」と自慢していた。
火葬場から帰って、精進落しが始まる時・・・
「(会場に)早く入らないかなあ、立っているのは小学校の時からきらいなんだよ」
とお客様の前で言うこの社長に、
それまでの葬儀屋の全ての嫌な対応に、目をつむっていた私は初めて
「お客様を急がせないでください」
「お客様にも、色々な事情があるんです」
「急がせているのは、あなたの都合でしょ!」と言った。
何かひとつ「貴方なんか大嫌い」とういうサインを出さないと、
私自身がやりきれなかったからだ。

司会をする私のマイクの音量を小さくされたり、
葬儀の中で私が助言することをことごとく否定されたり・・・
そんなこと私にとってはナンともない。
しかし、亡くなった友人には本当に申し訳なかった。
「こんな葬儀屋で、見送らなければならなかった」ということが・・・。

この、東京のど真ん中のS区で、まだこんな葬儀屋がいること自体、信じられない。
しかしその事実には、向き合わなければいけない。

「157万円一式」という見積もり。
それに対し私が突っ込むと、
「家の会社では、いちいち細かい数字は出しません」と、
遺族の前でぬけぬけと宣言する、私たち消費者に対する挑戦・・・。

遺族は、すべてにおいて「YA○○ZA」のようなやり方だと言っていた。
普段周りの友人に「葬儀屋の言いなりにはなるな」なんて言っている私が、
そうならざるを得なかったということへの悔しさ・・・。
ため息も尽き果てた・・・。

どうしてくれよう・・・・。
こういう葬儀屋を無くすためには、そして消費者を守るためには・・・。
この私に何ができるのか、これから挑戦が始まる。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 00:19 | トラックバック(0)

2006年05月16日

デタラメな見積もり?…ため息と、あきらめの世界

東京に、まだこんなに質の悪い葬儀屋さんがいたとは・・・驚きです。
そもそも私の知り合いが亡くなって、独身だったものですから、
遠くの親戚が最初に無作為に見つけた葬儀屋さんと接触したのが間違いでした。
地方から出てきた親戚は、相場がわかりません。
故人が言い残した「音楽葬」という形にも面クラっていたらしいのです。
最初に「総額はいくら位で考えていますか?」と聞かれて、
何も分からないものだから、葬儀社が差し出した値段表の真ん中を指したそうです。
そこには・・・
「300万円」が真ん中?・・・っていうのからして、驚きですけど。

病院から遺族が式場に到着した時には、
すでに真っ白な、かなり豪華な棺がそこに置かれていたそうです。
驚いたお姉さんは、
「この棺は、いくらなんですか?」と聞いたそうです。
すると葬儀屋は、
「これじゃダメですか?」と、逆に突っ込んできたそうです。
お姉さんは、
「どの位の値段なんですか?」とひるまずに聞いたそうです。
「30万円です。真ん中くらいの値段ですけど・・・」と言ったそうです。
(それを聞いた時私は、30万円の棺が真ん中?と、思わず言ってしまいました)
そして、引き下がらないお姉さんにもう一度、「だめですか?」と聞いたらしい。
お姉さんはあきれて物が言えなかったと・・・。
すでにそこで対立することをあきらめたそうです。
看病で身も心も疲れ果てた遺族への仕打ちとして、本当に辛過ぎます。
葬儀屋に強い不信感を覚えたお姉さんが、
「自分たちだけじゃ、何をされるかが分からない」と言って、
私や故人の友人たちを打ち合わせに呼びました。

きちんとした挨拶もなく打ち合わせが始まると、最初から私はびっくりしました。
その担当者(社長)はテーブルに肘をついて、ペンを指先で持って、
用紙をツンツンとつつきながら(小指が立っていた)、
まるで友達のようなしゃべり方で・・・。
「あのね・・・」とか「違うよ」とか、
一番やってはいけない「ため口」の連発です。
その隣に座っている巨漢スタッフは、最初からあぐらをかいている・・・。

遠くに住む故人のお姉さんが、
「お返しは即日返しにしたい」と言っているのに、
「この辺では、それは非常識なやり方です」と言って譲らない。
「普通は・・・」とか
「この間の葬儀は」とか
「それは、違うと思いますよ」
「(他の葬儀の写真を見せて)これなんかすごかったですよ」
有名人が来たとか、誰とかからお花が贈られたとか・・・。
関係無いでしょ!そんなこと。故人がかわいそう過ぎます。

「音楽葬は自由な葬儀だから、形式は関係なく・・・」と自分で言っている側から、
それは「非常識でしょ」という言葉には、ナンの説得力もありません。
とにかく、葬儀スタッフとしての「禁句言葉」のオンパレードでした。
それが全部、遺族や私達が言ったことを否定する言葉だから、
もうそれは見事としか言えませんでした。

最後にはこちら側はもうこれ以上、葬儀屋さんと戦うのも疲れ果てました。
(相手は絶対に、それを狙っているとしか思えない)
この葬儀社の社長は、自分たちの都合で仕事をしているとしか思えませんでした。
そして最後には・・・
「故人が残したお金の範囲内であれば・・・」という妥協点に到達しました。
「あまり、ここで揉めるのも・・・」という私たちの大人の判断です。
田舎から来た親戚も、葬儀の打ち合わせで揉めることは好みませんでした。
私たちは「嫌な思い」をしたく無いんです。
だから妥協してしまうんです。
もしかしたら相手はそれを知っていて・・・とは思いたくありませんが。

遺族の判断で、葬儀社を変えるところまでは至らなかった、というのが悔しい事実です。
はっきり言って私は変えたかった。
まだ見積もりが出来てないのだから。
しかし・・・もう私たちはエネルギーが底をつきそうだった。
だって、遠くの席から身を乗り出して、
説明に聞き入る私を時々にらむんですよ!その社長。
私たち部外者を邪魔だと思っているのが見え見えでした。
だってしょうがないでしょ?お姉さんに呼ばれたんだもの・・・。
最初に不信感さえ植え付けなければ、
お姉さんたちだって、身内だけで打ち合わせしたかったと思います。

「もっと、気持ちよく打ち合わせがしたい」
「もっと気持ちよく葬儀を出してあげたい」身内なら誰でもが思うことです。
すでにこの時点で、全然気持ちよくなんかありません。
「不信感」「拒否」「否定的」の塊です。
葬儀屋さんのために何かをしてあげようとか、
一緒に頑張ろうなんて、ましてや言うコトを聞こうなんて、絶対に思えないやり方です。

二度とこの葬儀屋さんに頼むことも無いでしょう。
そのお店の前を車で通るたびに、
私たちは「あの時のやりかたは、最悪だったねえ・・・」と言い続けることでしょう。
「今でも、相変わらずあんなやり方しているのかねえ」と噂をすることでしょう。

今私は、その時のことを思い出すと、本当に嫌な思いが蘇えります。
その時もこの葬儀屋さんと2日間共にすると思うと、憂鬱な気持ちでいっぱいでした。
「東京の葬儀屋さんって、意外に遅れているのかも知れないなあ・・・」
というのが、その時の素直な感想でした。

<割り込み>
相変わらず馬鹿社長がいますね。
こんな葬儀社は実名を出したいくらいです。
私はセミナーでは、つい口を滑らすという高等技術で喋っちゃいますが。

また途中で業者を変えると、
それまでに掛かった費用という名目で法外な請求が来るんです。
まったく酷い話です。

そう言えば…かなり昔の話ですが、
私がまだ人材にいた頃、派遣された業者で、
ある馬鹿社長のお供をして直葬(火葬のみ)の見積もりに付き合いました。
プリント棺で火葬のみなのに・・・請求額が60万以上。
驚きましたよ。
この時も遺族がいなくて、地方から何も分からない遠い親戚が来られました。
雑談の中で、故人が遺した100万程度のお金があって驚いた…ような話が。
馬鹿社長がこの話に飛び付かない訳はないのです。

終了後に、「社長、いくらなんでも60万は高すぎませんか?」
確かこのような内容の抗議を私はしました。
「馬鹿かお前は・・・取れる時に、取っとかないとな」
鷹揚に開き直るこの馬鹿社長には、
適正価格という言葉の意味すら理解できないのです。

そして今でも、この会社は存在し、時には著名人や芸能人の葬儀まで手がけています。
病院との癒着とも言うべき取引の中で・・・。
まったく酷い話です。
悪が…のさばる…のでしょうかねえ。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 00:10 | トラックバック(0)

2006年05月13日

馬鹿たれ

2000年の年末に起きた世田谷区4人殺害事件。
いまだ未解決のまま、いたずらに月日が過ぎているが、
毎日新聞によると、事件の捜査に関わったある警部補が、
虚偽の報告書を提出したという。

しかもその虚偽の内容が…まったくもって凄い。
報告書では、事件現場近隣の住民43人に面接し、
話を聞いて協力の上採取した指紋が添付されていたが、
実際には報告内容は虚偽、26人には面接すらしていない。
しかも、指紋は警部補自身か妻のものとは…。
(警部補じゃなくて軽侮補だ)
これじゃ犯人が捕まるわけがない。
被害に遭われた方が余りにも不憫だ。
この警部補は辞職したとあるけれど、辞めてすむ問題でもないだろう。


自転車に乗った小学生の男の子が道路の側溝に落ちて前歯を2本折った。
当て逃げの可能性も有り、自宅へ警察を呼んだお母さん。
そこへ救急車が駆けつけ病院搬送の車内で、お母さんは救急隊員へ助けを求めた。
「このおまわりさん、おかしいんです」
救急隊員が警察のカメラを奪って検めると、スカートの中を盗撮していたらしい。
何なんだこのおまわりさんは。


恐喝事件の被害者から預かった証拠品の金塊を署内からこっそり持ち出し、
会社員に成りすまして質店で320万を借り、
数ヵ月後、別の刑事に成りすまして再び質店を訪れ、
強盗事件の証拠品として引き揚げると偽造書類を提出して店主から騙し取り、
今度は貴金属店に455万で売り払ったという。
これが刑事か?
変装するのが大好きなんだね。

警察の不祥事には慣れているけれど…。
みーんなまとめて、馬鹿たれ!

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 00:00 | トラックバック(0)

2006年03月17日

<笑える話>

【その1】
通夜も終わり間近での出来事。
2歳ぐらいの女の子を連れて、若い奥様がご焼香に見えられた。
すでに導師も退場しており、お手伝いや係りの方のご焼香も済んでいた。
身なりからするとご近所の方だろうか、
亡くなられたことをご存じなかったのか慌てて家を出てきた様子。
受付に案内されて焼香の場所まできたが、何やら近くのスタッフとヒソヒソ。
どうやら何回焼香すればいいのか・・・そんなことを尋ねている。

奥様は黙ってスタッフの言葉に聞き入り頷いていたが、それからの行動が驚きだった。
娘さんの手を引き、焼香台の前まで進むと、
まず一番右端の焼香具で1回。
次に真ん中の焼香具で1回。
最後に左端の焼香具で1回。
都合3回のご焼香を丁寧に済ませ、深々とお辞儀をして堂々と去っていった。
その間、遺族もスタッフも唖然・・・声をかけるタイミングを逸してしまったからね。
確かに焼香具は三個出ていたけど、だからって3回焼香を別々の焼香具でやるなんて。
「3回焼香」が、いつの間にか「3箇所焼香」に変わっていたとは。
伝言ゲームは昔から難しいもんね。

【その2】
夜も更けて弔問客も去り、遺族・親族だけで祭壇を囲んでいた。
葬儀社も明日の準備を整え、そろそろ辞去しようかと・・・そんな時。
ご遺族様の娘さんのご友人だろうと思われるが、
二十歳前後のお嬢さんが3人連れ立って弔問に見えられた。
担当のスタッフと何やらヒソヒソやっている。
やがて祭壇前に案内され、迎えたご遺族様の前でご焼香と相成ったのだが、
慣れていないので緊張している様子がありありと伺える。
一人ずつご焼香をと案内され、3人でしきりに譲り合っていたが、
押し出されるようにその中の1人が前に出た。
緊張しつつもお参りしようとしたら、まずお線香がないので慌てた様子。
すぐにスタッフが近づき、もう一度ご焼香での案内をしてこの場は事なきを得た。
次に鐘を打とうとして、リン棒を手にしたのだが、すぐ右脇にある鐘が見つけられない。
リン棒を右手に掲げたまま、暫く経机の上を目であちこち探していたが、
背後から友達が教えていたので安心していた・・・それがいけなかった。
いくら教えてもパニックに陥りかけたリン棒娘は、すぐ右脇にある鐘に気づかない。
背後の友人の声は次第に大きなヒソヒソ声になり、
「ほら、そこ、すぐそこ、横にあるでしょ!」ともう丸聞こえである。
それでもリン棒娘はやはり気づかない。(パニックとはこういうものだ)
いよいよ切羽詰った背後の友達の声。
「ほら、何してんの○○ちゃん、早く鐘を叩きなさいよっ」
とうとうリン棒娘のパニック度も沸点に達し、
右手に持ったリン棒を、ええいとばかりに委細構わず振り下ろした。
振り下ろした先は、たった今焼香をした抹香の中・・・。
「ずぼっ!」
・・・シーン・・・
灰がスローモーションのように飛び散った。
そして何事もなかったかのように、自分は間違っていないと主張するかのように、
そこだけ煙る空気の中で、静々と両手を合わせお参りをする彼女。
唖然とする一同。
後ろで待機する友達の背が震えている。
このリン棒娘め・・・三日は笑えたよ。

【その他】
この他、鐘の代わりにリン棒で木魚を叩いた人。
抹香を額に押し当てすぎて、額にくっついちゃった人。
線香の火を消そうと手を振ったら、線香の火に直接触れちゃった人。
抹香を摘むつもりが、火の付いた炭を掴んじゃった人。
事前に受け取った献花を胸ポケットに入れ、献花台の前で慌てて探していた人。
玉串案を手荷物台と勘違いして、自分のバッグを置いちゃった人。
まったく別の葬儀に参列して、ご焼香の後に香典を返してもらっていた人。

現場は色々とありますねえ。

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2006年03月15日

<困った導師たち2>

仏教は、生死(しょうじ)を苦と前提し(生死とは人生そのもの)、
つまりこの娑婆世界が苦しみに満ちているという認識から出発して、
その原因を自身の気持ちの持ち方にあるとし、
心と行いを整えてその苦しみから脱しようとする教え。
だって煩悩とは、心身を煩わし(わずらわし)悩ますものですから。

でも…煩悩が袈裟を着ていたら迷惑だね。

通夜・葬儀は、ハイヤーで寺まで迎えを寄越せという。
勿論その費用は遺族の負担だ。

葬儀は、自分の寺でなければ行わないという。
遺族が葬祭ホールを使いたいと希望しても認めないと。

お葬式の際に、担当者や司会者を苦しめてどうするのだ。
ましてや遺族や参列者にまで迷惑を掛けるとは。
短気で傲慢で、自らの立場しか考慮しない導師が存在するとは。

仏教は中庸が良いのです。
一方の苦しみを理解し、他方の苦しみを理解し、
どちらかが相手に勝つのではなく、上手に和解の道を探る。
決して勝利を求めるためのものではないはず。
悲しみの遺族の思い、愛する者を亡くした慟哭が届いているのか。
少なくとも、人の気持ちが分かる人間でなければ。

道ですれ違ったお婆ちゃんに手を合わされた。
お前に手を合わしてるんじゃない、衣と袈裟に手を合わせてるんだ。

この際多くは期待しません。葬式坊主でもなんでもいいから、
せめて袈裟を着けた時だけは人格者で振舞って欲しいですな。

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2006年03月14日

<マジックボーイ>

「本番直前に、あなたにとって大切なものは?」と聞かれたら、
「命の次に進行表やナレーション原稿」と答えるだろう。
拝読順に並べ替えてもらった弔電だって、私が司会台を離れた隙に、
誰かが順番を狂わせたり、持ち去ったりしたらどうしようかと、
心配になるくらい大切なものだ。
進行表・ナレーション原稿・弔電と本番が終わるまで、
会場内を常に持ち歩きたいくらい大切なものだ。

それなのに…私のナレーション原稿にボールペンで穴を空けた人が居る。
司会台を離れての打合せ中だったが、視界にその光景が飛び込んで来た。
驚いた私は司会台に歩み寄り
「ちょっと何しているんですかぁ!」と激怒しそうになると、
その人はニヤニヤしながら、ボールペンを抜き取った。
あれ!?確か…
ボールペンが原稿を貫通していたはずなのに、穴はどこにも見当たらない。
「なぜ?」
その手品師は、音響の男の子。
悪びれる様子も無く、得意げにそのボールペンを手渡された。
種も仕掛けもなさそうだ。
怒りも忘れて、そこでボールペンをまじまじと眺めてしまった私も迂闊だった。

調子に乗ったマジックボーイは…
今度は不思議がっている私を横目に今度は、数枚のトランプを出し始めた。
(ギョッ!幾らなんでもそれは、まずいだろう)
「あぁ、だめよ。仕事中にこんなもの出したら」
と手のひらで隠してあげたつもりだったが…。
(どうも娘に近い年齢の子には、甘くてね)
しかし、既に担当者に見つかって相当怒られたようだ。

驚いたね。 
いかにも大学生がアルバイトに来ましたという感じの音響さん。
この現場で手品とは…どういう神経の持ち主なのだろう。
若いとは言え葬儀の現場がどういうところかくらい、知っているだろうに。
あ~驚いたと同時に呆れてしまった。

「マジック披露は、合コンの時にしなさいね!!」
一言
「バカもん!」

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