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2012年02月03日
接遇・接客マナーについて 「襖の開け閉て」 (井手一男)
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「襖の開け閉て」って、読めましたか?
「ふすまのあけたて」と読みます。
日本人の常識なのですが、今は教わることがなくなりましたね。
私は30年以上前に、スリムに痩せてて、髪の毛も真っ黒だった時代に、
某俳優養成所で頭の禿げた怖い先生から習いました。
当時は若いし、笑いながら<いい加減>にやったものです。
今の時代は、映像が無料で観られますので時代が変わったことを実感します。
わざわざ研修所の月謝を払わなくてもいいわけですから。
では動画をどうぞ。
ご覧になって、どうでした?
結構勉強になったでしょう。
葬儀業界では10年~20年程前に自社ホールを持つことにより、
接遇・接客マナーを勉強しようということで流行しました。
僧侶控室、遺族控室、また受注の際には常識として身に付けて欲しいです。
映像にも出てきますが、跪座(きざ)の姿勢もとても重要です。
少し文章でまとめましょう。
※跪座とは、ひざまずいて座ることです。
以下の様に座ります。
①正座の状態から、少し腰を浮かせてつま先を立てます。
この時、左右の踵(かかと)とつま先が離れないように注意しましょう。
②左右の踵を合わせた上に腰を落ち着かせます。
後ろに反り返らないように、上体を上へ伸ばすイメージで座りましょう。
正座から立ち上がる、あるいは、立っている姿勢から正座に移る場合など、
この跪座の姿勢が役立ちます。
原則、低い位置で動作をする際の基本姿勢ですから、身に付けましょう。
葬儀の現場では、特に役に立ちますよ。
映像では座布団に座るということになっていますが、原則を説明します。
<正座から立ち上がる場合>
①正座から跪座の姿勢に移ります。
②下座足(げざあし)を、徐々に半歩ほど前へ踏み出し、膝を少し立てます。
(この映像では、襖を開けて部屋に入る際、右足が該当します)
③踏み出した足に力を入れて立ち上がります。
この時、立ちきるまでに、後ろの足を前に運んで両足を揃えます。
<正座をする時>
①下座足を半歩ほど後ろへ引くと同時に、両膝を折り曲げます。
②身体をできるだけ垂直に落とし、<引いた足>→<反対の足>の順番で
膝を床に着け、跪座の姿勢になります。
③足を寝かせて正座になります。
※下座足とは、床の間から遠い側、同席者から遠い側、
部屋の出入り口に近い側にある足のことです。
襖の開け閉てに関しても文章でまとめておきましょう。
まず、襖を3回で開ける理由ですが、
(今日はやたらと①②③のパターンが多いなあ)
一度目は、「これから入ります」という合図になります。
二度目は、居住まいを正す、そして部屋の様子を確認することが出来ます。
三度目は、互いの準備が出来た状態で、初めて、体が通る分だけ開けます。
というわけで、襖は三回で開け閉てします。
①襖の前に正座し、引き手に近い方の手を引き手に掛けて5~6センチほど開けます。
②引き手に掛けた手を、襖の端に掛け直して、その手を下に下ろしながら、
身体の中心まで開けます。
③反対の手に替え、体が通れるくらいまで開けます。
そして閉める時は、
①襖に近い方の手で、襖の下の方(端)を持って引き始め、体の中心まで閉めます。
②反対の手に持ち替えて、残り5~6センチの辺りまで閉めます。
③反対の手に替えて(同じ手の場合もあります)、残りを閉めます
絶対ではありませんが一応の基本です、覚えておいて損はないでしょう。
だけど、いいですねえ、今の時代は・・・。
特に接遇・接客に関しては、目次がしっかりしているので十分です。
後は、これを葬儀流にどうアレンジするか、これが大事なとこです。
礼儀作法のマニュアルを教えるだけでは不十分と言わざるを得ません。
接遇の難しいところです。
例えば、このビデオのケースを葬儀社編とするなら、
出演している綺麗な彼女は着物から制服へチェンジします。
(制服姿もなかなか見事でしょうな・・・馬鹿!)
ですが、部屋へ入る動作に変わりは有りません。
そこで、枕飾りのある部屋へ入ったとして、まずはお焼香となった時・・・
一般に枕飾りは葬儀社が用意しているはずだから、宗派は分かる筈。
あるいは、宗派が分からずに仏式で話を進めていたとしても、
この時点でお焼香する時には分かっているケースが多い筈です。
このチャンスを逃す手は有りません。
各宗派の特徴などを雑談で話しながら(簡単に言うけど、相当な知識が必要)、
通夜や葬儀の際に、お焼香が何回かとか額に押し戴くのかとか、
全てはこの時にきちんとした説明が出来れば、ただの接客マナーではなく、
葬儀の接客マナーに早変わりする筈なんですが・・・
この辺りはあまり深く突っ込むと色々と問題もありますので、
今日の所はこの辺で・・・。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年02月02日
10ヶ月目に入りました(工場長こと古家寛)
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お陰さまで、先日子供が10ヶ月目に入りました。
最近は「ズリバイ」で動き回り、
「掴まり立ち」を憶えて棚の上のものを引きずり倒すという、
暴れん坊ぶりを発揮しております。元気な子供です。
夜中のミルク要求も依然として猛威を奮っており、
2,3時間に1度泣いては起こされるルーティーンを送っています。
目覚まし時計より強力で、生活は朝方になりました。
子供を何人も育てる、世の中のお母さん方は凄いですね。

最近のお気に入りの玩具は、大きいレゴのようです。
組み立てることはまだできませんが、
ゾウや車のようなものを口で確かめています。
今は、何でも口で確かめる時期なのでしょうね。
見ていて面白いですが、誤飲しないように気を付けています。
(小さすぎる玩具は、気になりますね)
レゴがお気に入りとはいえ、
現時点では「抱っこ」が何よりの遊びのようで、
玩具に飽きたら泣いて抱っこ要求をしてきます。
そして、妻の方に連れて行けと要求してきます。
私にはあまり興味が無いのでしょう。
言葉は、喃語から少しずつ意味のある言葉に変化しつつあります。
まだ、明確ではありませんが、
「ぉとーちゃん」「ぉかーさん」のような発語をします。
最初に憶える言葉は、たいてい同じなのですね。
「ぉとーちゃん」と言われると、さすがに嬉しいですね。
寒くなり、朝方たまに鼻をぐずる事もありますが、
年末の肺炎を教訓に風邪には気を付けて見守っております。
まずは、1才を目指して。
ではでは、取り留めのない話でした。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:19
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2012年02月01日
「最高の人生の終り方~エンディングプランナー~」見たよ\(^o^)/(工場長こと古家寛)
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3話目にして、初めて視聴させていただきました。
関係各所のブログやフェイスブックを眺めておりますと、
粗筋と、ドラマ自体は面白さに欠けることは情報として入っていました。
ですので、あまり期待はしておりませんでしたが・・・。
それにしても期待を上回るツマラナサで、
かえって考えさせられることが多かったです。
一話でも見た人なら、都合よく展開するストーリーにウンザリしたと思います。
ストーリー上の都合だけならまだしも、撮影の都合が目に見えるのにも驚きました。
東京で通夜(夜)のシーン ⇒ 親族が軽井沢に移動して、昼間の感動(笑)のシーン⇒
東京に戻って葬儀(昼)のシーン、って。
律義に考えると、葬儀の日程で、
通夜と葬儀の間を敢えて1日空けたということでしょうか。
珍しいことをする葬儀社ですねぇ。
ま、軽井沢のシーンを全て昼間に撮りたかったということなのでしょうが、
そんな都合が垣間見える時点で作りが荒い証拠ですね。
その他にもツッコミどころ満載で、もう唖然とするしかありません。
(担当者が通夜に現場にいないって、職務放棄かい?)
以前連続ドラマの粗筋を書くバイトをしていたのでスタッフにも同情もしますが、
連ドラって1話ごとに山場を作って、
視聴者を飽きさせないようにする必要があるのですよね。
ただ、本筋のストーリーがしっかりしていて初めて成り立つものです。
無理に感動を作ろうとしても・・・残念な結果は目に見えています。
葬儀にも通じる所があるのかもしれませんが、
押しつけがましい感動は必要ないのではないでしょうか。
一方、ストーリーは丁寧に描かれた方が良いです。
葬儀の場合は、人それぞれの人生(というストーリー)を丁寧に表現する場、
でもあると考えます。
「(家族や命)の物語」などと銘打って葬儀を施行されている業者もありますが、
私は賛同派です。
一方、「感動」葬儀ってのは・・・どうなのでしょうね。
さすがに今は下火でしょうか。
その人の在る(在った)がままを丁寧に表現することが、
その人らしさ、故人らしさではないでしょうか。
難しいことですが。
話がずれましたが、
件の連続ドラマは、感動を押し付けることに失敗し、
ストーリーも雑で、ドラマとしては悲劇です。
悲劇と言うより、コメディですが・・・。
葬儀を扱っているので、ある意味トレンディドラマかもしれません。
ただ、全く華やかではありません。
・・・何か、書けば書くほど、
このドラマに恨みを持っているのかと思われそうです・・・。
かえってネタとして笑えるので、評価したい位なのですが。
・・・上手く表現できないようです。
そうそう、ドラマの事務所の机の上に「葬儀概論」が置いてあったのは目を引きました。
でも、あんなに綺麗な「葬儀概論」は、ないと思いますよ。
もっと使い古されてボロボロになっていて欲しかったですね。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:21
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2012年01月31日
舎利礼文について② (井手一男)
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随分昔の話ということにしときましょう。
ある葬儀でのひとコマ。
若いA様は、不慮の事故で亡くなられたので健康体そのもの。
おまけに元来スポーツマンですから恵まれた体格の持ち主でした。
死因は伏せますが、本当に不運としか言いようのない亡くなり方だったのです。
柩の中には愛用のバスケットボールのユニフォーム等が収められ、
悲しみと釣り合うような重い柩を、
いや、どんなに重くても釣り合わないほどの深い悲しみの中、
多くの友人たちが泣きながら柩を担ぎ霊柩車まで運んでくれました。
そうしてやって来た火葬場での出来事です。
荼毘に付されたA様。
たくさんのお骨が残されました。
遺族、親族、友人たちが骨を拾い骨壺に入れましたが、まだ骨が残ります。
この時、火葬場の職員が、先端が尖った棒で丁寧に骨壺の骨を砕き始めました。
(この光景は、珍しいものではありません)
残りの骨を壺に入れるためには、そうするしかありません。
しかし、ああいう場所ですから、どうしても音は聞こえてきます。
丁寧な作業をしても、周囲が静かなのと、建物が反響もしますから・・・。
「ジャリ・・・ジャリジャリ・・・」
その動作は常識的で、作業は故人に対しても丁寧だったと私は思いました。
しかし遺族の女性が一人、その場の空気を切り裂くように
「痛いから止めてください!」・・・と大声で。
皆の動きがピタッと止まりました。
故人への思慕の念は分かりますが・・・どうしたものか。
誰もその場では何も言えません。
火葬場の職員も可哀そうです。
理屈を言っても仕方がないですし・・・
これが、お釈迦様が言った執着です。
とらわれて、悶々として、追慕する。
「何物にもとらわれるな、執着するな・・・」などと、
仏教は本当に無理な事を平気で言います。
現代の家族や親族の間では、
年配者がきちんと諭すということが出来ない関係なのです。
だって、現代に生きる皆さんは、まさに執着だらけですから。
今こそ宗教家の出番だろうと思いました。
しかし現在、宗教にそんなパワーはありません。
一般の宗教離れも激しく、家族葬だと宗教家(特に僧侶)を呼ばないケースもあります。
グリーフケアやグリーフサポートではどうするのでしょう。
これは宗教だから、宗教者の担当だと言うのでしょうか。
でも、葬儀社で宗教に詳しい人は稀です。
仮に宗教に詳しくても、生き方として宗教家でないならば、どうすることもできません。
2千年以上も昔、お釈迦様の弟子達が誤ってしまったように、
執着を取り除くことは非常に難しい。
火葬場で働いてくれる職員が居なければ、大切な故人を荼毘に付すことは困難です。
大切な故人の大切な骨を、少しでも多く骨壺に入れたいのならば、
骨壺を既定外に大きくしてもらうか(不可能に近い)、
骨を少しずつ砕いて、隙間を埋めるように入れていくか、
あるいは、残りの骨を骨壺に入れるのを諦めてしまうか。
一体あの場で、どうすれば良かったのだろうか・・・
例えば、散骨するときには、グラインダーのような機械で灰にしてしまいます。
痛いどころの騒ぎではなく、それこそ気を失いますよ。
イジワルな言い方だけど、エンバーミングの処置内容を見たことがある人ならば、
遺族がとても耐えられないのはご存じでしょう。
臍の穴から先端の番った数十センチの棒で内臓を吸収していくのですから、
それはまるで脂肪吸引の手術のようですからね。
だから、遺族の感情としては湯灌に人気が集まります。
医学的には問題ありと思っていても仕方がありません。
執着の心が有るからでしょう。
お釈迦様が説いた・・・執着を離れよ。
まるでそれに反するかのように舎利礼文は読経されます。
(すみません、素人の戯言だと思ってくださいね・・・間違った解釈をしてるかも)
参列者で意味が分かる人は殆ど居ないでしょう。
つまり何物にも執着しない生き方を説いたお釈迦様の弟子が、
仏舎利に執着し、それを葬儀の場で読経する。
何だがお経も空しく感じられてきます。
困った、困った・・・
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:16
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2012年01月30日
舎利礼文について① (井手一男)
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一心頂礼 万徳円満 釈迦如来
真身舎利 本地法身 法界塔婆
我等礼敬 為我現身 入我我入
・・・・・・・・・・・・
舎利礼文は「しゃりらいもん」と読みます。
密教系や禅宗系で、通夜・葬儀のお勤めの終盤に聞くことが多いお経です。
どんな内容かというと、
お釈迦様の舎利とその仏舎利塔を供養するお経です。
そして釈迦の舎利とは遺骨のことです。
転じて、お米のことも「シャリ」と呼ばれていますよね。
仏教では舎利は土に還るとされています。
それが巡り巡って稲、麦、アワ、キビ、ヒエ・・・など
様々な穀物になって人々を救うだろうとされました。
この骨の小さな部分が、お米の色や形に似ていたため、
転じてシャリと呼ばれるようになったそうです。
つまり米は「舎利」の化身であり、非常に尊いものと考えられていたのです。
真宗系では仏舎利塔(ストッーパ)が存在しないから、
まず聞くことがありません。
もし聞いたら・・・怪しい僧侶かもしれないですね。
因みに、上記の文言に「法界塔婆」とありますが、
真宗系では塔婆もありません。
さて、仏教はお釈迦様が荼毘に付されたように、
火葬が自然である・・・というより大切にされてきました。
その流れの中で、お釈迦様の舎利を大切にし、
仏舎利塔を供養することで、我々も成仏できると考えられてきたようです。
しかしお釈迦様は弟子たちに言っていたそうです。
(聞いたわけじゃありませんが)
「とらわれなく、執着なく、淡々と生きなさい」と。
・・・えらい難しい事を平気で仰る方ですなあ。
そして自分の死後、遺骨についても執着するなと説いたらしい、の・で・す・が・・・
(これも聞いたわけじゃありません)
ご存じの通り、お釈迦様の遺骨を巡っては、それを八つに分骨し
(いくらなんでも多過ぎ・・・他説もあって10分骨という話もあります)
仏舎利塔(ストッーパ)に安置し、礼拝の対象にしちゃいました。
こんな恐れがあるから、智慧のあるお釈迦様なら、
骨が残らないように何らかの工夫ができなかったのかな・・・
そんなことをブツブツ言ってたらイジワルか?
日本には仏舎利塔がいくつあるのだろう?
お釈迦様の遺骨(舎利)は、そんなにはないよなあ。
ここまでは、何となく私が知っている流れです。
このお話に関して、明日に続きます。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月27日
米海兵隊、遺体侮辱映像に思う(工場長こと古家寛)
投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:31
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2012年01月26日
中学校の同窓会はいいよなあ (井手一男)
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同窓会って、何十年か振りにやるもんじゃないのか・・・
やり過ぎだろ!・・・数が多すぎるだろう!
とは言いつつ、昔を懐かしむロートルばかりが新宿に集まりました。
中学校の同窓生って、あった途端に軽口叩きあうから面白い。
では、どんな中学生活を送っていたのか、
皆さんにも思い出してもらうために「テストの珍解答」を用意しました。
今も昔も大して変わらないはず。
問題1
(1)次の□に漢字を一字入れて熟語を作りなさい。
一日千□
珍解答
一日千円・・・中学時代の財布の中身が思い出される・・・一日千秋が正解
(2)「一」という漢数字を含む四字熟語を挙げよ。
珍解答
一家心中・・・不吉過ぎます・・・正解は、一期一会や一所懸命など・・・
※井手一男も間違いです。(本当に先生は残念だ)
(3)四字熟語を完成させよう。
品□方□
珍解答
品川方面・・・センスあり、だが正解は品行方正
問題2
次のカタカナを漢字に直しなさい。
① 政治家のオショクジケン
② 夏の夜は蚊がウルサい
③ W杯でTVのジュヨウが増えた
珍解答
① 御食事券・・・正解にしたいぐらいだが、正解は、汚職事件
② 暴走族い・・・気持ちは分かるが正解は、五月蠅い
③ 女優・・・正解は、需要
問題3
蟹工船の作者・小林多喜二が書いた文学を「プロ〇〇〇〇文学」という。
珍解答
プロですねえ文学・・・正解は、プロレタリア文学
問題4
「むしろ」という言葉を用いて、30字以内の文章を作りなさい。
珍解答
「ガムシロップは甘くて美味い」・・・面白い、だが不正解。
問題5
ヘビはハ虫類に属する生き物です。ではカエルは何類に属する生き物でしょう。
珍解答
「気持ちわ類」・・・ウケ狙ったな。
問題6
織田信長が家臣の明智光秀に討たれた事件を何というか。
珍解答
「本能寺の恋」・・・笑、ノーコメント。
問題7
ことわざ・慣用句の問題です。空欄に適切な語句を入れなさい。
① 人は土壇場になって初めて( )をくくります。
② 清水の( )から飛び降りるつもりで就職面接を受ける。
珍解答
① 首・・・死んじゃうよ・・・正解は腹
② 港・・・海に飛び込んでどうするの・・・正解は舞台
こんなことばかりをしていたわけではありませんが、
それでも懐かしく思い出されるのは楽しかった日の数々。
一瞬でタイムスリップできるなんて楽しいよ。
また、ビジネスの関係が一切ないから素晴らしい。
皆年を取って、たまに先に死んだ奴の思い出を偲びながらも飲んで飲んで、
そいでまた私は食って食って・・・ダイエット中なのに意味不明。
子供や孫までいても、いくつになっても昔の友達は変わりません。
皆様も元気な内に、会える時に、なるべくなら会う方が良いかもよ。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月25日
ポイントカードが苦手(工場長こと古家寛)
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私は「ポイントカード」が苦手です。
最近は、ほとんどの小売がポイントカードを活用していて、
買い物の会計の度に「ポイントカードお持ちですか?」と言われるのには、
少々ウンザリします。
以前は結構作って持っていたんですけどね。
財布がカードで膨れるようになり、避けるようになりました。
携帯電話や何かで、一つに纏められれば便利ですけどね。
ポイントカードは、主にリピーターを優遇する仕組みです。
同じ店を利用する人に、メリットが享受できるようにするものです。
ただ「リピーターを優遇する」ということ自体は、昔から行われてきたことです。
店主と馴染みになった店で「オマケ」と言って一品出てくることがありますが、
このオマケもリピーターを優遇するサービスの一つでしょう。
この場合、顔を憶えてくれていることの方が嬉しいものですが。
本来は、「顧客の顔を憶えて、何度も利用してくれる(お付き合いしてくれる)人に
サービスをする」ことが商売の原点なのでしょう。
その効能がバイトやパートでも代用できるよう、
ポイントカードとして変化してきたのだと考えます。
しかし、最近のポイントカードブームは、
商売人が顧客の顔を憶えるという基本を忘れ、
何度も利用してくれる人を優遇する点だけが、
独り歩きしている気がします。
ポイントカードを持っていない顧客でも、
疎かにできない筈ですけどね。本来は。
ポイントカードを持たせるのは、店側の都合ですし。
個人的には、特にポイントカードが無くても、
会計時に「いつもありがとうございます」と一言添えられるだけで、
少し幸せになったりします。
たまに買い物に来ることを憶えてくれているのだなと感じますから。
魔法の言葉の一つだと思います。
ま、それが習慣化して「毎度あり~」なんて連呼するようになると、
辟易しだすのですが・・・。
「いつもありがとうございます」の『気持ち』を伝えるのは、
なかなか難しいことだと今更ながら感じます。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:02
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2012年01月24日
福祉サービスの分野について (井手一男)
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エレベーターを呼ぶ時に押すボタンには、
一般用と車椅子用とあるのはご存じだろう。
そのボタンにはどんな違いがあるのか知っていますか?
車椅子用のボタンを押すと、一般用ボタンを押した時より開閉時間が長くなります。
勿論、車椅子の利用者に配慮しての事。
同様に、エレベーターの中の鏡・・・これも身だしなみの為ではありません。
「後ろに人がいるかの確認のために」付いているようです。
それからエレベーターの中に椅子を見かけますが、
これも高齢者や妊婦さん、体調のすぐれない方が座るものです。
そしてこの椅子が、地震で閉じ込められた時には、
救出を待つ長時間の待機になっても、ゆとりや安心の気持ちを与えてくれます。
(稀にトイレ使用に変化するものも有り)
ではエレベーターへの車椅子の乗り降りについては知っていますか?
最近の葬祭ホールはエレベーターが設置されているケースも多く、
都市部では高層化したホールも良く見かけます。
そこで、葬祭スタッフの接客・接遇にも必要になりました。
一般的に、エレベーターの乗る時のサポートは、
扉を確認してから、車椅子を後ろ向きにして乗ります。
よほどエレベーターが小さい場合は、
お客様の足が扉に挟まれないように気を配りながら前向きに乗りますが、
フットレストが他のお客様に当たらないように十分注意しましょう。
エレベーターの乗り方
1 エレベーターの扉の「開」が押された状態かを確認します。
2 車椅子を後ろ向きにして、乗り込みます。
3 周囲のお客様にぶつからないよう注意します。
4 乗ったら、安全なスペースを確保して両側のブレーキを掛けましょう。
エレベーターの降り方
1 両側のブレーキを外します。
2 フットサポートが、扉や他のお客様に当たらないようにします。
3 エレベーターの隙間にキャスタが挟まらないよう注意します。
<注意>
エレベーター内で車椅子を回転させて後ろ向きに降りるケースと、
乗った時のまま降りるケースがありますが、
他のお客様等の状況に臨機応変に対応しましょう。
話は変わりますが、パーキングパーミット制度はご存じでしょうか。
別の言い方をすると「佐賀県から全国に広がるパーキングパーミット制度」です。
中学・高校と6年間佐賀でお世話になったものですから、
つい余計な事を書いてしまいます。
今、世間を騒がしているウィキによると、
パーキングパーミットとは、
身体障害者用駐車場を利用する際、利用許可証を発行する制度です。
2006年7月佐賀県で初めて導入し、現在15県2市で導入しています。
とっても良い制度なのですが問題もあります。
それは高齢者や妊婦、乳幼児を連れたお客様を対象者とすることで、
幅の広い駐車場を必要とする車椅子利用者が駐車できなくなるケースが増えました。
そのため身体障害者用駐車時用とは別に、パーキングパーミットプラスワンとして
専用の一般駐車場を設置する運動を行っています。
時代と共にどんどん人に優しくなる制度は素晴らしいですが、
新たな制度ほど次の問題点も出てきます。
でもその都度、制度に改良を加えればもっと良くなってくるはず。
葬祭ホールの駐車場にも優先パーキングがありますが、
これからは一歩進んだ細やかなサービスを目指して欲しい。
顧客サービスの原動力は、気配り、思いやりであります。
というわけで、接客・接遇を中心とする葬祭サービスの進化は、
法事の食事や手元供養にばかり走るのではなく、
福祉サービスの分野にも積極的に取り組んで欲しいと思います。
何せ、葬儀の現場は年寄りばかりになりますから。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月23日
1月17日(工場長こと古家寛)
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先週のことになりますが、1月17日は阪神大震災が起きた日です。
当時私は神戸に住んでおり、中学3年で、
その日は冬休みの宿題を夜通ししていたので、
地震発生の5時46分には起きていました。
冬の夜ですから、静かな夜に地響きが鮮明に聞こえたのを憶えています。
その後、凄まじい勢いで揺れ、屋根が左右によじれ、
天井が落ちて死ぬかも知れないと直感的に思いました。
幸い、家の破損はほとんど無かったのですが、
地震の強さ、怖ろしさを実感した日でした。
先週、阪神大震災から17年目の1月17日を迎えました。
17年も経つと、当時の記憶は薄れてきます。
しかし、特別な日であることには間違いありません。
日本では「防災とボランティアの日」に指定されています。
テレビやラジオは、必然的に追悼・防災色の強い番組が多くなります。
日本全体が、阪神大震災を思い返す、一つの「記念日」です。
(ちなみに、関東大震災の9月1日は「防災の日」です)
このような日を英語では「メモリアルデー」というそうです。
個人ではなく、集団として、
人々が同じ想いや願いを捧げる日という意味で、価値があるのでしょう。
同じような役割を果たすものに慰霊碑や記念碑がありますし、
また、集団としての母体は小さいですが、お墓もそうでしょう。
近年、墓離れが進んでいます。
一方で、手元供養という個人個人の供養の形が広がっています。
核家族化や少子化など、旧来の墓の管理を困難にしている社会情勢が、
大きく影響しているのでしょう。
現在の流れは、必然的のようにも感じます。
しかし、墓の役割には、個人個人が追悼を捧げる場だけではなく、
家族や親戚といった一つの集団が故人に対して追悼を捧げる場という役割があります。
手元供養も良いのでしょうが、家族や親戚が一同に集まり、
供養・追悼する場を失うことは、良くない印象を受けます。
(手元供養を否定している訳ではありません)
地震や自然災害に対しては人々が同じ想いや願いを捧げる場や時間があるのに、
最も身近な「つながり」である先祖の身内のつながりにおいて、
家族や親戚が同じ想いや願いを捧げる場や時間が減りつつあるのは、
何やら変な感じを受け、墓の在り方を再考する時期なのではないかと考えさせられます。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:16
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2012年01月20日
葬儀司会のアナウンス部門についての言葉使い (井手一男)
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葬儀司会には共通のテクニックが存在する。
例えば、プロミネンス・切りきらず・間・スローダウン・・・などのように。
しかし、共通でない部分に焦点を絞って
アナウンス部門、ナレーション部門、弔電部門と分けることも可能だ。
また、セオリー部門、テクニック部門、フィジカル部門と分けることだって出来る。
葬儀の司会と簡単に言っても、光の当て方次第では重層的構造になってくる。
誠にややこしい。
その<ややこしい>中から、今日はアナウンス部門の文章の作り方について記したい。
アナウンスの原稿は、「耳で聞いて理解しにくい言葉」は使うべきではない。
また、意味が紛れやすい言葉もNGにして、なるべく言い換えるべきだ。
その上で、文章は短く、構文は簡単にする。
私が考える「アナウンス文章」の基本は、
基本1 センテンスはなるべく短く。
基本2 連体修飾語はなるべく簡潔に。
基本3 表現に工夫を凝らし、新鮮な文体を心掛ける。
(因みに、ナレーションの文体はこの限りではない)
具体例を少し。
「ご参列の皆様にご案内申し上げます。本日は公私ともにご多用の中、
故〇〇▽▽様のご葬儀(式)にご参列を賜りまして、誠にありがとうございます。
開式時刻、定刻〇〇時の予定でございます。
今しばらくのお時間のご猶予をお願い申し上げます。
尚、本席読経中におきましてご焼香を賜ります。
その際、中央通路よりお進みいただきご焼香の後、
左右外側通路にてご自席へお戻りいただきますようご協力をお願い申し上げます。
又、手荷物につきましては、
ご自席下へお収め下さいますよう併せてお願いを申し上げます」
このような雛形文章があったとしよう。
言いたいことは、なるほど葬儀社なら良く分かる。
が、遺族・親族や一般の参列者の耳に、すーと入っていく文章とは思えない。
もう少し表現をシンプルに、簡潔に、そして新鮮な文体を目指して変えてみよう。
「ご案内申し上げます。
〇〇時より、(故)〇〇▽▽様のご葬儀(式)を開式いたします。
(故は言わないケースもある)
ご参列の皆様は、今しばらくお待ちください。
式中、皆様よりご焼香を賜ります。
中央通路よりお進みください。
ご焼香後は元のお席へお戻りください。
その際、外側の通路をお通り下さい。
担当者の指示にご協力をお願いします。
また、手荷物につきましては、お席の下へお収め下さい。
宜しくお願い致します。
間もなく、開式でございます。」
大胆にカットし過ぎかも知れないが、シンプルを目指すとはこういうこと。
一旦大幅にカットしてから、どうしても足らない部分だけは改めて追加できる。
是非、参考にしてもらえばと思う。
この他、思いつくままに余計な言葉だと思われるもの。
「~のほど、宜しくお願い・・・」や
「誠に恐縮ではございますが謹んで~」や
「ご会葬の皆様におかれましては~」
の連呼は本当に古めかしい表現、耳に飛び込んでこない。
まさに余計である、最低限の使用にすべきだと思う。
「本日の~(導師・葬儀など)」に関しては、
「本日」を言う必要性を考えてみたらどうだろう・・・私は好きではない。
それから葬祭ディレクターの試験ではないけれど、多重敬語はなるべく控えよう。
「ご導師様」「ご寺院様」「ご遺族様」「ご親族様」「ご一同様」・・・
また「ご合掌」も地方によっては有りだろうが、一般的には使いづらいと思う。
開式の辞で、「故〇〇▽▽様、御年〇〇歳方のご葬儀を~」も可笑しい。
開式の辞で年齢を言うか言わないかの問題もあるが、
何より「方」は止めた方が良いと思う、いかがですか。
更に常套句の「本日は公私共にご多用中~」「本日は遠路遥々~」などは、
一般の方が使うので司会者は避けた方が良いのではないだろうか。
社葬の最後、ご遺骨が自宅へ戻られる時によく使われる
「ご帰邸・ご貴邸」はどうかと思う、分かりにくいだろう。
「ご自宅へお戻りになられます」で十分だ。
「閉会」や「閉開」(どちらも、へいかい)も意味が紛れる可能性大。
使う必要性を感じない。
適当に思いつくまま書いたが、是非検討して欲しい文言だ。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月19日
他人のツイッター発言を捏造して炎上させる事件(工場長こと古家寛)
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ネットでは、まれにブログ等が「炎上する」ことがあります。
炎上は主に反社会的な書き込みに端を発し、
不特定多数の「ネット民」からコメント等で攻撃されることです。
運が悪いと本名や住所などの個人情報を晒されるだけでなく、
職場が割れて会社に電話攻撃されることもあります。
ネット上の「炎上」を鎮静化させることはなかなか難しいですが、
これを逆手に取った事件が先日起きました。
他人のTwitterの発言を捏造し2ちゃんねるで炎上させるという事件です。
Twitterの発言を捏造されて2ちゃんねるで炎上した件について
これぞ、ステルス!
晒された本人にとっては全く身に覚えのないことで、
非難されたり個人情報が晒される訳だから堪ったものではありません。
インターネット上でコミュニケーションを取っている一般人も、
不特定の他人から攻撃対象となりうるということでしょう。
しかし、よくよく考えてみると、
この種の捏造事件はインターネット特有の事件と言う訳ではなく、
日常生活にもあることです。
私はこの記事を読んで、痴漢えん罪事件が頭に浮かびました。
今回の捏造事件では金銭は絡んでいませんが、
先日の「食べログ」のステルスマーケティングではありませんが、
インターネット上で悪評を捏造して脅迫する事件も起きるかもしれません・・・。
近年、インターネットが生活の一部に浸透し、
フェイスブックを始めとする実名でのコミュニケーションが盛んになっています。
10年前は、ネットで買い物をして本当に商品が届くかさえ疑われていましたが、
現在はインターネット上での取引は当然のようになっています。
しかし、インターネットは完全に安全になった訳ではありません。
インターネットの生活における比重が高まるほど、
危険も増えていることを認識しておくべきでしょう。
また、ネット上の記事や投稿を読む側も、
その記事や投稿自体の信憑性に関して、十分に注意しておいた方が良さそうです。
備えあれば憂いなし、です。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:18
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2012年01月18日
立礼 (井手一男)
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接客講座の話ではない。
司会の人間だって立礼ぐらいはやるものだ。
そこで「礼三息」について書こうと思う。
読み方は「れいのさんそく」「れいさんそく」「れいみいき」、
あるいは三息(みいき)の礼(れい)とも呼ばれ、どれが正しいのか知らない。
ただ小笠原流では「れいみいき」と呼んでいる。
武家の礼法である小笠原流を私は特別視しない。
しかし、立礼の作法に関しては共通点が多い。
改めて礼三息の説明をすると、
1. 息を吸いながら身体を前傾させる
2. 止まったところで息を吐く
3. 再び息を吸いながら元の姿勢に戻る
呼吸と身体の動きが理に叶っている。
まず、呼吸をしないで何かをやるということはない。
その上で、1.身体の前傾は息を吸いながら行う。
吸ってなければ死に体であろう、気持ちがこもっていない。
2.止まったら息を吐くというのも、動作が止まると同時に相手に身を任せる、
そして心を平静に保つのだから息を吐くのが自然だ。
3.再び息を吸いながら元の姿勢に、というのも最後を締めくくっているのに相応しい。
次の動作に身も心も備えているのだ。
開式前、司会者は祭壇に向かってお辞儀をする。
当然息を吸いながらである。
積極的にお辞儀をするのだから、息を吸わなきゃ気持ちがこもらない。
止まった所で、ゆっくり息を吐く。
明鏡止水・無念無想の境地のように心が静かだ。
そして元の姿勢に戻るのも積極的に戻そう。
だからこそ息を吸いながら行為を伴うのである。
理に叶っているのだ。
そして最後に遺影写真をしっかりと見て、残心(相手の心を残して)で動き出す。
気持ちと身体の動きには相関関係がある。
例えば導師控室を訪ねるとしよう。
ドアをノックする場合、
「トン・トン、失礼します」
と言葉で書けばこれだけ。
ところが実際にやらせてみると、
「トントントン、失礼します」
これでは新聞の集金である。
では、
「トン・トン、失礼します」
だと物足りない。出来れば
「トン・トン、失礼します」
であって欲しい。
訊ねる相手、訪ねる内容によって動作は変わる。
一度目と二度目とでは、ドアをノックする強さが違うのだ。
当たり前のことだけど、マニュアルには載らないことかもしれないが、
そういう感性を磨くのが大切なんだと思う。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月17日
喉の痛みの原因(工場長こと古家寛)
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先週末、センター試験が終わりました。
今年も機器のトラブル等が起きたようでしたが、
毎年変わっていく試験内容と膨大な受験生を考えたら、
仕方ないかとも思います(受験生は必死でしょうが)。
昨年のような、ヤフー知恵袋を使ったカンニング事件が、
懐かしく思い出されます。
今年は、試験会場で十分に注意していたでしょうね。
さて本題です。
昨年末から現在に亘り、私は3,4度喉を痛めてきました。
当初は風邪だと思って静観していましたが、
何度も喉を痛めるにつれて、これはいつもと違うと考えるようになり、
先日原因を改めて調べ直しました。
すると、「ハウスダスト」が原因ではないかという結論に至りました。
いわゆる、埃やカビです。
まず、一般的な感冒(風邪)ですと一度ひくと免疫ができます。
ですので、2度3度と続けてひくことは滅多にありません。
しかし、今回は治ってもまた喉の痛みが再発する。
どうやら、風邪では無いようです。
それで先週末、部屋の掃除をしていた時に、気づきました。
植木鉢にカビが生えていることを。
原因は、これか。
調べて見ると、カビやハウスダストが、
喉や肺に炎症を起こす原因になることは良くあることだそうです。
また、私の部屋は通気性が悪い。
よって、記録的な乾燥注意報が続いている昨今でも、
湿気が溜まっていたようです。ショック。
どおりで家族の中で私だけ喉が侵されるのですね。
ということで、早速植木鉢のカビをできるだけ除去し、
念のためベランダに一時隔離しました。
ゴムの木なので、枯れることは無いでしょう。
また空気を入れ替えるために、日中はできるだけ窓を開けるようにしました。
心なしか、空気が爽やかになった気がします。
これで、今年はもう喉を痛めることは無いでしょう。
本当の風邪をひかなければ・・・。
今回の件で、体調管理のための部屋の掃除、
隅々までの部屋の管理は必要だと痛感しました。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:13
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2012年01月16日
最高の人生の終わり方~エンディングプランナー (井手一男)
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年に一度の講師会議後の親睦会が、思いの外早く終わったからオンエアに間に合った。
初回は見ることが難しいだろうなと思っていたからラッキー。
なるほど第一回目はシナリオが凝っていた。
ドラマが始まってオープニングのシーンが終わるまでに約14分、よく頑張った。
ギッシリ詰まっていたけど見せ方に工夫があったと思う。
ここで客を捕まえきらないと物語的に成功はない。
そして次のコマーシャルまでに6分ぐらい・・・仕方ないよな、商売だから。
お金を払う人(スポンサー)が存在して成り立っているのだから。
どの連続ドラマも最初が勝負、そういう意味では合格だ。
全編を通して言えることは
「このシーン、なんぼなんでも詰め込み過ぎだろ!」
と思われるほどの分量で盛りだくさん、整理された2回目以降に期待したい。
葬儀屋さんの車に刑事が乗っかって・・・というシーンはいただけないが、
あくまでもヒューマン&ラブコメディのドラマである。
前田敦子の葬儀司会には、その文言の古さも含めて笑ったけど、
あくまでもヒューマン&ラブコメディのドラマである。
FBで東北のN氏が、ベーシック講座を受けた方がよいと発言していたのには笑った。
全くその通りである。
その他、色々あるけど(サンライフ、バーターで宣伝し過ぎだとか)・・・
あくまでもヒューマン&ラブコメディのドラマである。
そのことを心に刻んで、気軽に楽しみながら見よう。
ドラマは所詮、何らかの形で愛や恋を描くしかないのだから・・・
それが、たまたま葬儀社が舞台というわけである。(ありがたい)
ところで、ドラマの中では主人公が小学2年生(フラッシュバック)―。
葬儀屋をやっている、我が家のお父さんが大好きというテーマで作文を読む。
これが原因でクラスの他の子からイジメに・・・。
このシーンで思い出したことがあった。
25年前、ある葬儀社の社長のお子さんが小学5年生。
その子が書いた、自分が将来なりたい職業というテーマの絵画。
そこには、白と黒だけで描かれた、とってもシンプルな絵が・・・。
家業である葬儀の現場のワンシーンであった。
当然、黒と白の鯨幕、白いYシャツに黒いスーツと白い手袋。
描かれたその人は、自分の父親である。
私はそれなりに感動した。
書いた本人から聞いた話では、
「大体、絵の具が白と黒しか要らないし、それに簡単そうな仕事だと思ったから・・・」
(えっ、嘘・・・)こんな答えが返ってきた。
拍子抜けではあるが、面白かった。
当時の東京の葬儀社の考え方・・・
仕事は、誰かに頼めば何とかなる、その道のプロに任せればいいのさ。
そういう雰囲気を、子供ながらに読み取っていたものだ。
「学校の先生は何か言ってた?」
「夢がないって・・・」
「・・・そうか、お父さんには言うなよ」
こんな時代があったのだ。
テレビに取り上げてくれるだけでも時代は動いている。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月13日
聖人と上人 (井手一男)
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クイズ浄土真宗より問題を
親鸞聖人が真実の教えと言われた「お経」は、次の内どれでしょう。
1. 仏説阿弥陀経
2. 仏説無量寿経
3. 仏説観無量寿経
因みにこの3つは「浄土三部経」と呼ばれるものです。
話しは少し飛びますが、お葬式の現場では葬儀社のスタッフも一般の弔問客も
「上人」あるいは「お上人」と言えば、
日蓮宗の住職の事だと勘違いしている人が多い。
恐らく日蓮上人のイメージが強いからだろう。
(日蓮聖人とも書きます)
私もこのブログで川越大師を真言宗と誤記していますが、
単純に大師とくれば真言宗だろうの気持ちから間違えたものです(スマン)
本当は天台宗でした。
でも、蓮如上人とも言いますし、この設問のように親鸞聖人とも言います。
他宗派も色々あるのは存じておりますが (他宗派の事は置いといて) 、
実は蓮如様は「上人」、日蓮様と同じですが親鸞様は「聖人」なのです。
耳で聞いただけなら「しょうにん」となりますが、
表記する場合には明らかに違うのです。
ホントにややこしくて申し訳ございません。
ややこしついでに申しますと、親鸞様は律令仏教の位の尊称であった
「上人」という言葉を著作の何処にも書いておりません。
更に申し上げますと、法然様もかつては「聖人」と書いて、
その時には親鸞様は「上人」と対比させた時代もあったのですが、
やがて時代が進むと、「法然聖人」に対しても「親鸞聖人」となり、
江戸期以降は「親鸞聖人」に対して「法然上人」となり(位置付け)、
そのまま歴代の門主も「上人」となったようです。
だから蓮如様は、蓮如上人なわけなんです。
現在の正式コメントは、「聖人」も「上人」も尊い方を褒め称えた言葉であるとし、
どちらが上ということもない。
単なる一応の決まりであるとしています。
(何か疑わしいですが・・・)
また別の本では、「上人」は組織や秩序の上での高位の僧、
「聖人」は民衆の中に分け入って活動した高徳の僧のイメージだとか。
僕は勝手に「商人」のようなお坊さんに対して
「よっ、しょうにん」だねえ、
と心の中でだけ言っていましたけど。(冗談ですよ)
では設問の答え。
2の仏説無量寿経です。
葬儀の現場では、一般に仏説阿弥陀経が多く読まれているようですが違います。
阿弥陀仏の本願を説かれた仏説無量寿経では、自力のはからいを離れ、
本願他力におまかせする信心の一つで、どんな者も浄土に生まれることができる。
と説かれており、これこそ万人に開かれた絶対平等の救いだとして、
親鸞聖人が真実の教えだと言われたものです。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月12日
初詣(工場長こと古家寛)
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私たち一家も、今年の1月3日(夕方)、喜多院(川越大師)に初詣に行きました。
川越に来て初めての喜多院なので、これぞ「初大師」と言えるかもしれません。
(本来は、慈恵大師の命日が1月3日であることにちなむそうです)

喜多院の初大師では、だるま市が恒例です。
公式ホームページによると、江戸時代より、
開運厄除、家内安全、交通安全など祈願する人が増え、
七転八起の名物だるま市が軒を連ねるようになったそうです。

初大師には参拝者が1日に30万人とも言われますからね。
それだけダルマ屋さんも多かったです。
しかし、気に食わないのは値段を書いているところが一つもない。
正直、「今時言い値かよ・・・」と思いました。
出店がたくさんあるから、他店に気を遣ってのことなのでしょうかね。
当然のように、レシートも出ません。
縁起物の手前失礼ですが、ハッキリ言って脱税の温床ですな。
相当数のダルマを言い値で捌いて、
何個売れたか、いくらで売ったかを、とても適正に処理できないでしょう。

喜多院に参拝する前に、近所の成田山の別院にも参拝してきました。
こちらも、結構人が多かったです。初詣の時期は、どこも人が多いですね。
成田山と言えば、かの人間国宝の市川海老蔵、
というか市川家との繋がりが深い寺院です。
江戸時代から縁が始まり、市川家では代々、
成田山の本尊である不動明王を演じるようになったそうです。
成田山別院の方が、一般的な初詣の雰囲気で、
言い値の出店などなく印象が良かったですね。(個人的な感想です)
それでは、今年も良い年でありますように。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:20
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2012年01月11日
ルミネtheよしもとで初笑い (井手一男)
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毎年、暮れか正月のどちらかに必ず訪れる「よしもと」。
漫才もさることながら、新喜劇が面白い。
その新喜劇、この日の主役は、ほんこん。
なるほど、噂通り味があって確かに面白い!

漫才はパンクブーブーの圧倒的実力と、Wけんじの年の功。
どちらも甲乙付けがたし・・・。
また、くまだまさしはテレビで見るより生で見てもらいたい。
新年の大笑いで、子供たちは残り少ない冬休みを満喫していました。

その後は新宿で、鍋を囲んで軽く3時間も飲んで(子供連れのまま)、
酔った帰りは皆で九州ラーメン屋へ立ち寄り、
歌舞伎町を通って帰りたいとの要望にお応え・・・チラッと通過して西武線へ。
帰りの特急電車では、子供以外は皆ダウン。
危うく乗り過ごす所でした。
実は「よしもと」、かなりの空席が目立つ。
全体の5分の1程度ではないだろうか。
3.11以降の自粛ムードや〇〇の突然の引退騒動の影響もあるのだろうか。
今の若手の漫才は、10年前と比較して圧倒的に面白いと言われている。
それなのに・・・
子供たちは気にもしていないが、態々こちらから暗くなることもあるまい。
いつものように、いつものように、明るく過ごしていきたい。
いよいよ3学期が始まる。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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2012年01月10日
ステルス・マーケティング(工場長こと古家寛)
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消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすることを、
「ステルス・マーケティング」というようです。
wikipediaの言葉を借りると、
「あたかも客観的な記事を装った広告や、影響力のあるブロガーが報酬を得ている
ことを明示せずに、第三者的な立場を偽装して、特定の企業や製品について高い
評価を行うことなどがあげられる。」
ということだそうです。
最近、飲食店の評価サイト「食べログ」において、
不当な順位操作が行われているのではないか、と話題になっています。
参照:「食べログ」の順位操作 消費者庁が調査
これも、一種の「ステルス・マーケティング」です。
もし、この件に不当な順位操作が景品表示法(不当表示)に抵触するのであれば、
違反事業者がどこになるのか気になります。
「ステルス・マーケティング」と横文字で書くと聞き慣れない感じですが、
昔からあった手法でしょう。「さくら」や「やらせ」などがそうです。
新装開店の店に行列ができてテレビや新聞が話題にし、
大きな広告になってしまうのは今でも良く目にする光景です。
歌手や俳優に対して、あたかも人気があるように見せるために、
動員がかけられるということも良くあることです。
インターネットで検索上位に来るようにするSEO対策も、
一種の「ステルス・マーケティング」と言えるかもしれません。
また、話題にする行為だけでなく、
芸能人などが不祥事を起こしたら話題にしないようにする「火消し行為」も、
「ステルス・マーケティング」ではないでしょうか。
オリンパスは今が上場廃止になるかどうかの重要な時期なのに、
ほとんど話題に挙がらなくなりました。
昨今、上場維持の方向に動いているようですが・・・。
この種の行為は、日常的に行われていることですし、
広告代理店などが手掛ける手法の一つでしょう。
今回の「食べログ」の一件が、景品表示法(不当表示)に抵触するなら、
どのラインに法の線引きがあるのか気になります。
「食べログ」という飲食店評価サイトの影響力が大きくなっているのは、
私の身の回りで活用している人が多いことから実感します。
飲食店の市場は大きいですし、比較サイトの競争も激しいでしょう。
個人的には、どこかが「食べログ」を貶めようとしているのではないか・・・
とも勘ぐりますが。(これが本当のステルス・マーケティング!?)
葬儀においても、いくつか比較サイト、評価サイトがあります。
その多くは葬祭業者から料金を得ていることを、消費者は理解しておくべきでしょう。
当然、作られたイメージや印象、評価があることも、
可能性として持っておくべきです。
最終的に判断を下すのは消費者本人ですから、
消費者の情報リテラシーが最重要なのは言うまでもありません。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:08
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2012年01月06日
川越大師へ (井手一男)
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1月3日、川越大師へ新年のお参りに行ってきました。
ここは真言宗の寺院だと理解していますが、
一般の人々にとって仏教諸派の違いは皆無・・・でしょう。
我が家もそんな感じですから、家族一同習慣の様にお参りに行きました。

例年ですと凄い人出で大混雑なのですが、どうしたことか、これでも今年は穏やか。
皆さん、今年一年をどう過ごすべきか悩んでらっしゃるかも、
と思いつつ、私自身は例年通り力まずに年始のお参りをしたわけです。
子供たちは出店に夢中でしたが、私は人出の少なさと共に、
どこか華やかさに欠く皆さんの様子に、身を引き締めていました。

帰路はウナギと思ったのですが、半端じゃなく混んでいましたので諦め、
本川越の駅で済ませました。
途中、銭洗弁財天に立ち寄り、やっと神社に来たかという感じで軽くお参り。
まったく混んでいませんでした。
真言宗の現世利益・・・どうかと思いますが・・・商売上手。

自宅に帰ると、夕方から温泉に行き、その後は居酒屋でしっかり飲んで帰宅。
家族一同、勿論子供連れです。
ワイワイ騒いで、いよいよ新年がスタートしました。
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投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 08:30
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