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2004年11月04日

神拝作法に思うこと・・・(井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

古事記や日本書紀に記されている国譲りの神話・・・。

皇室の御先祖神とされている天照大神(アマテラスオオミカミ)の命により、それまでの古代日本を治めていた大国主命(オオクニヌシノミコト)が、最終的には天照大神側に領土を譲ったという神話。

これは朝鮮半島からやってきた弥生系の民族が、先住民である縄文系の人々を征服した事実を、神話として語り継がれていると解釈されている。

大国主命は出雲大社に祀られているが、出雲大社系の神拝作法は、「二拝・四拍手・一拝」。
天照大神は伊勢神宮に祀られていて、その神拝作法は、「二拝・二拍手・一拝」。
当然の事ながら後者の方が一般的である。

ついでに言うと、拍手(はくしゅ)と柏手(かしわで)は、単に字の読み間違いから起こったという説もあり、それなら修祓の読みは音便から生じたものかもしれない。
(しゅうばつ ⇒ しゅばつ)

私はつい「おっ、縄文系!」「ありゃ弥生系!」などと冗談を飛ばすのだが、その冗談が通じた葬儀社はまだいない。

実際には、それぞれの神拝作法の前後に一揖(いちゆうと読みます、または揖拝・・・軽い会釈のこと)されるのが正式なので、司会者は詳細な作法を覚えなければ、神職とのアナウンスのタイミングを逸してしまう。
そして神葬祭の数が圧倒的に少ないので、その司会を苦手としている司会者は多い。

日本人のDNAの統計は、8割が弥生系で、2割が縄文系という説がある。
そしてその2割の人々は、日本の北と南、つまり北海道と沖縄に集中しているのだ。
だからアイヌの人々の言葉と、沖縄の人々の言葉には共通点が多いと聞く。

ところで、大分県の宇佐神宮は全国の八幡宮の総本宮だが、不思議なことにその神拝作法は何故か出雲大社と同じだ。
世に怪僧・悪僧と謳われる弓削道鏡による皇室乗っ取り計画(万世一系が途絶えるかもしれなかった大事件・・・若い人に怪僧と問えばラスプーチンと答えるでしょうが)・・・和気清麻呂の活躍で道鏡の野望を阻止し事なきを得ますが、その御神託を発したのが宇佐神宮なのだ。
それなのに、神拝作法が出雲大社と同じ「二拝・四拍手・一拝」なのは何故だろう。
これは神道の不思議、謎?。

ミステリー好きの私にとっては、神拝作法だけにとどまらず、和気清麻呂が奈良から伊勢に向かわずに、わざわざ大分の宇佐神宮まで向かったのはどうしてなのか?
(まあいろいろと説はありますが・・・)
歴史ロマンの興味は尽きない。

そう言えば、一般に天照大神は女性とされ、月読神(ツクヨミノカミ)は男性だから、太陽と月の性別がギリシャ神話と逆になる。
ギリシャ神話では太陽のアポロンが男性で、月のディアナ(ダイアナ・セレネ)が女性だ。
民族によって、太陽と月に対する感覚も違うのだろうか。

何やら神拝作法から変な方向へ話が飛んだが、最後に下手なジョークを !
その国宝宇佐神宮でお守りを買ったとしましょう。
それは紛れもなく、『 MADE IN USA 』なのです。
こりゃまた失礼しました。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2004年11月04日 23:39

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