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2005年01月21日

睦月日記2 ~予期せぬ出来事~(加藤直美)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

今私は、愛媛県の研修会が無事に終わってホッとしている。
研修会が滞りなく盛況の内に終わったということはもちろんのことだ。
それ以上に何に安堵しているかというと、
松山空港までの往復の飛行機に乗っていられたということにだ。
それは何故か・・・。

丁度1週間前に入院のための検査をした。
その中で、病巣の断面図を撮る「MRI」という末恐ろしい検査を体験したのだ。
その時に私は初めて「閉所恐怖症」であるらしいことが判明した。
その時から「来週の愛媛への飛行機に無事に乗っていられるだろうか、
もし途中で飛行機を降りたくなったらどうしよう・・・」
という不安を抱えての出張だったのだ。

「MRI」の検査の日、西新宿の専門クリニックで医者の問診を受けた。
その前日に手術を宣告されてからすっかり私は病人っぽくなっていた。
(病は気からやって来るって本当だ)
個室に通されて、緊張しながら1対1で問診表にそっての質問が始まった。

医者「どのような状態ですか?」
私 「ですから、○○△△(病名)と言われました」
(当たり前なことを聞かないで!)
医者「いや、違う。いつ頃から、どんな様子なのかを聞いているんです」
(ちょっと威圧的)
私 「ああ、そういうことですか・・・。ですから2年くらい前から、こんな感じで、こうで、ああで・・・とにかく・・・なんです」
(もう病名は分かっているんだから、詳しいことは省略してよ!)」
医者「なるほどね。やっぱり○○△△という感じですね」
(だから言ったじゃない!お願いだから面倒くさいことで疲れさせないで)

ちぐはぐなやり取りの後、
「より繊細な写真を撮るためには、静脈に薬を注射することがあります。
それについて、説明します」と言われ、
アレルギー体質の人が静脈注射をした時に起こり得ることの話しが長々と続いた。
そして最後には、「注射をするかしないかは、本人が決めてください」と、
やんわりと突き放された。
30分位問診は続いただろうか・・・。
それだけでナンだかとっても疲れた。

そして、いよいよ「MRI」検査室へ。
「CTスキャン」の経験はある。
だから簡単なものと思い込んでいた。
検査台に横になりお腹のあたりをベルトで押さえられ、
「何かがあったらこのブザーを押してください」と、
右手にブザーを持たされて、ヘッドホンをさせられた。
検査の途中の音が工事現場のような音らしい。
それを聞こえなくするために音楽を流すとのこと。
「センスの悪い曲を流したら許さない!」
「セリーヌ・ディオンでも持ってくるんだった・・・」と思っていたら、
あっという間に私が乗った検査台はスルスルと機械の中へ入って行った。
ブザーが鳴った。
ヘッドホンからは何も聞こえない。
すると突然、カンカンカンカン・・・。
ドンドンドンドン・・・。
ガクン。と、
大きな音がして検査が始まった。
スゴイ音!
ヘッドホンからは何も聞こえない・・・。
どうして!?
(後から分かったことだが音楽のボリュームを上げ忘れたらしい。バカもん!)
機械の天井は顔のすぐ上。
すごい圧迫感・・・。
暑い・・・。
息苦しい・・・。
と思った途端に、本当に息が苦しくなってきた。
私の心臓が今まで鳴ったことが無い程、どきどきどきどきと鼓動を打ち始めたのだ。
私は血圧は低いほうだし、過去のどんなに難しい研修会も葬儀司会も、
緊張でドキドキしてもすぐに平常心に戻った。
千人規模のホールでのコンサートもドキドキを楽しみに代えて平気で歌った。
この心臓のバクバクは、私の身体はどうなってしまったのだろう・・・
と思った途端に、私は右手に握っていたブザーを押していた。
ここまでほんの4~5分だったと思う。
するすると検査台の中から出て来たときには、
顔は真っ青、喉はカラカラ、手足は冷たく冷えて震えていた。
あっけなく検査は中止となる。

その後2時間くらい起き上がれない程、私の心臓はバクバクと鳴り続けた。
私は初めて「死」を思った。
「死ぬ時は、いさぎよく死ぬか!」と思いながらも
「今は死んでも死に切れない。思い残すことばかり・・・」と考える。
私の葬儀は井手社長が仕切ってくれるだろう。
自分の追悼文くらい作っておくのだった・・・。
残して行く子供達のこと、夫のこと・・・。
ああ、遺影写真を決めておけばよかった・・・等と、もうろうとする頭でマジに考えた。頭と身体がテンでばらばらな状態で、どんなに深呼吸しても
「落ち着くんだ、私は大丈夫、私は出来る」という、
いつものおまじないを唱えてもドキドキは収まらなかった。
いきなり閉所に入ったことによるパニック状態と、
検査の為に前夜から何も食べていなかったことで血糖値も下がっていたらしい。
時間の経過と共に少しずつ、少しずつ、落ち着いて行った。

その日以来、混んだ電車もエレベーターも車も、頑張れば乗れるが、気持ちは進まない。
この数日、愛媛に行く時、飛行機の中で地上に降りたくなったらどうしよう
と思うだけでドキドキしていた。

検査前の問診で、私が一番説明して欲しかったことは、「MRI」という検査の詳しいこと。どんな場所に、何分間位入って、そこはどんな感じなのか、
狭い所は好きか嫌いか、時としては入れない人もいる・・・等の、
これから私に降りかかるであろう全てのことを説明して欲しかった。
説明不足は相手に大きな傷を残すことがある。
そして私が西新宿にあるそのクリニックに対する
十分に大きな不信感を抱いたことも間違いない。
病院側はいつもの当たり前な普通のことが、
患者にとっては初めてのすごく緊張する場面であることもある。
些細なことも十分に説明する責任と、それを聞く側のバランスが上手く取れた時に、
深い信頼関係は築かれる。
これは葬儀も同じことだ!
「医者の問診は、葬儀の接遇応対にも通じる!」と、私は思った。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2005年01月21日 22:21

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