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2009年08月06日

葬祭ディレクター研修会in鹿児島 その1 (井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

朝一番で父親の墓参り。
この日は、納骨堂の中を開けて父の遺骨を確認する。
33回忌の弔い上げが終わっているので、本来なら合祀するはずだろうが、
遺骨は骨壺と一緒に変わりなく安置されたままである。
もう少し、縮んでいるというか、自然に帰っているというか・・・
こんなにもハッキリと、父が遺骨のままで保管されていることに戸惑う。
なぜ遺骨の確認をしたのかというと、諸事情があってお手元供養の商品にしてみては?
というアイデアが、昨夜みんなで飲んでいる時に話題になったからだ。
もう合祀するだけだし、今の内なら、手元供養の商品もいいかもね、となったのだ。
それならば早速、確認しに行こうとなって私が墓参りのついでに確認したのである。
兄弟の中で私が一番下っ端だから、こういう役回りを任せられるのだ。
今後どのように展開するかは皆目見当がつかないが、なるようになるだろう。
因みにこの場合は分骨でよいのだが、
分骨証明は、本骨の埋蔵または収蔵元の管理者(この場合はお寺)から、
埋(収)蔵証明書として得られる。



さて、北九州から遥々鹿児島への旅。
まずは折尾駅から博多まで特急に乗る。
折尾駅ではしっかりと「かしわ飯」の駅弁を買うことを忘れてはいけない。
この駅には、風間杜夫さんや三国連太郎さんや林隆三さんたちと共演させていただいた、
初の日韓合作映画「三たびの海峡」の思い出が詰まっている。
(地元の作家、帚木蓬生の同名小説が原作)
前日、親戚の古いアルバムから、三国さんと一緒撮った写真が出てきた。
やはり・・・若い・・・これだから写真は色々と思い出すのだ。

博多からリレーつばめで熊本の新八代駅まで特急に乗る。
そこで新幹線つばめに乗り換え、わずか40分間だけの乗車で鹿児島中央駅へ。
畳おもての産地氷川町を過ぎたのは、新幹線だったか、特急だったかさえ分からない。
何せトンネルの多い新幹線だなあ・・・という印象しか残っていない。
鹿児島中央駅は、新幹線の開通で、大きくその姿を変えていた。
来年には、博多~新八代間も新幹線が開通するらしい。
かつて鹿児島~福岡は飛行機が移動の主流だったらしいが、
今では新幹線中心に変わりつつあるらしく、出張も日帰りが多いらしい。
完成した暁には、鹿児島から新大阪まで、4時間を切るかもしれないと。
日本が益々狭く、そして小さくなりますね。
それが便利ということなのでしょうが、旅の醍醐味が薄れていくことは間違いない。

鹿児島中央駅からはタクシーで20分程度。
やっと指定されたホテルに到着しました。
眼前に広がる錦江湾と桜島が一望できる、素晴らしいロケーションです。
景色を眺めているだけで、旅の疲れも癒えます。
後々知ったことですが、桜島っていうのは島ではなくて、陸続きらしい。
えっ? 本当? ちーとも知らなかった。
じゃあ、裏側からは陸続きで桜島へ行けるわけ?
少し調べてみたら大正3年の大噴火で、それまでは島だったものが、
噴火による溶岩で陸続きになったそうです。
ちょっとだけ、残念でした。

陸で続いているところへ、どうして態々フェリーで行くんかい。
ま、気持ちは痛いほど良く分かりますけど。
ムードが違うからさ。
ムードと言えば、このホテルはブライダル専門のようで、
こんな写真が飾られていましたよ。

葬儀業界も故人の好きな花を中心にするなど、徐々に近づきつつあるね。
さて、では今日はゆっくり休んで明日の準備を致しましょう。
では。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2009年08月06日 09:00

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