井手のセミナー内容は、この数年間マイナーチェンジを繰り返しながら
確実に進化していると感じます。
私は、毎回でも井手の司会セミナーに参加したいと思う位、
現在のセミナーはおもしろいです。
とても具体的で、現実的で、そのメカニズムが分かった人は、
1日の中で確実に上達して行く姿を見ています。
![](http://www.mcpbb.com/blog/archives/20130222-3.jpg)
チェックポイントをつけるお手伝いもしましたが、
ほとんど満点に近い受講生もいました。
ナレーション発表のバックには、
私が作曲した葬送BGMが流れているのですが、
私が作った曲想にもぴったりと合っていて、
その受講生の心を感じるナレーションでした。「あっぱれ!」
![](http://www.mcpbb.com/blog/archives/20130222-4.jpg)
こうして井手のセミナーに参加すると、
私の「葬儀司会を聞く耳」が出来て行くことにも気づきます。
そして苦痛なことも多くなるのです。
親戚や知人の葬儀に参列すると、嫌でも司会者の言葉を聞かされます。
トイレの中や廊下、控室にまでスピーカーが埋め込まれていて、
そこにいる全員が司会者の言葉を聞いているのです。
上手な人の時は最初の一声で、「今日は、上手でよかった・・・」と安堵します。
しかしその逆だと・・・、いちいち耳について気になります。
「滑舌が・・・」「語尾が上がった・・・」「切り過ぎ・・・」
「声、高っ!」「明る過ぎっ」私の感覚を麻痺させないと、
居たたまれないこともあります。
そして意外と、素人の私の母ですら、
下手な司会には気づいていることが多いのです。
母は、「今日の司会者、どうだったの?」と私に言います。
「お母さんは、どう思う?」と聞くと「ちょっとね・・・」と厳しいです。
聞いている老若男女が、司会の上手、下手を
少なからず感じているという事実です。
葬儀に参列する人々は、耳障りな葬儀司会に気を取られたくはありません。
穏やかな気持ちで、悲しみにだけ向き合わせて欲しいのです。
葬儀の司会者は、プロ司会者でも葬儀社スタッフでも、
自分の司会レベルを知ってください。
そして上手になる努力をしてください。
遺族は、その司会にも、
お金を支払っているということを忘れないで欲しいと思います。
<割り込み>
3月12日開催予定の葬祭セレモニー司会術[ベーシック講座](第48回)は、
ほぼ定員に達したと事務局から連絡を受けました。
ありがとうございます。
4月15日に追加開催を行う予定です。詳細が決定次第、お知らせ致します。