またまた難しいご質問ですね。
お答えするのにポイントがいくつもあります。
ましてや司会一般も含めての複合的なご質問ですので
メールでのやり取りだけでは不充分だと思いますが、出来る限り…。
ではまず
葬儀での《ナレーションの必要性について》ですが
ナレーションの目的について考えてみましょう。
葬儀でのナレーションの目的とは、
①故人を偲ぶ環境・雰囲気を作る
②主宰者(主に僧侶)の宗教儀礼を前に(開式前に)厳粛に臨んで頂く
上記の2点が主な目的と思われます。
通夜や葬儀の開式前というのは、ともすれば参列者同士で会話が弾み、
いつの間にか賑やかな空間が出来上がることもしばしば。
決して悪気はなく、故人中心の話題からつい脱線し、
懐かしさが先に立って、昔話に花が咲く…こともあるようです。
そんな時、施行業者として①②の環境作りの演出は必然ですが、
私は必ずしもナレーションだけが有効な手立てとは思っていません。
下手なナレーションならない方がマシですし、
妙に賑々(にぎにぎ)しいナレーションや、説教臭すぎるナレーションなど、
(個人差にもよるでしょうが)逆効果になる恐れがあるでしょうね。
また、ナレーション以外の演出手段を選択することも可能です。
例えばライティングを駆使した日常と非日常の落差やBGMの効果的な使い方。
手前味噌ですが、FUNET追悼文や、ライフ・レビュー・パネルでの演出。
さらにはFUNETの追悼DVDなど。(もちろん他の映像も)
要は、目的を達することが重要ですので、(意外に思われるかもしれませんが)
私はナレーションが必ずしも必要とは思っていないのです。
と同時にこれは最後でも述べますが、私はナレーションを特別扱いしてません。
ちょっと脇道に逸れますけど、葬儀ナレーションのための取材にしても、
とことん真実を追究することに意味は無いと思っています。
表現とは全て(司会に限らず全メディア共通ではないかな)、
見せたいモノが最初からあるし、逆に言えばそれがない表現は成り立ちません。
葬儀のナレーションは、人生賛歌という大枠からは外れないでしょう。
次に
《葬儀式は進行役に徹するのが本来の司会の姿だと思う》についてですが、
「葬儀式」という言い方には色々と問題を含む場合がございます。
「葬儀」という宗教儀礼であって
「葬儀式」ではないと捉える宗教家が多く存在します。
(大谷派では、差上に葬儀式第一と第二とが存在し、これは例外的)
詳細は省いたまま話を進めます。(ご了承ください)
葬儀式は進行役に徹するのが本来の司会の姿・・・とありますが、
そもそも宗教儀礼の葬儀に司会は必要ありません。(前提としてないのです)
そこで「進行役」という事が重要になってきます。
私は進行役なら存在しても構わないと思いますが、(否定する僧侶もいます)
進行役が務まるだけの知識と技術を有している者がどれくらい存在するのか?
理想を言えば、全ての宗派のお経・偈文と差上が分かっていないと、
例えば2分後にはどこをやっているのかとか、現在の地点が全体の進行の中で、
どの位置にあって・・・だからどうなのか・・・etc。
始めから終わりまできっちりと把握していないと進行すら難しいのが現実です。
各宗派の僧侶並の知識が求められます。(主宰者との信頼関係・協力体制の確立)
つまり、進行役に徹することがどれだけ大変なことかを知れば、
葬儀におけるナレーションの有無や、司会者の役割が進行に徹するべきだ…
云々の考え方は、意見として様々あっていいのですが、
あまり深い意味を持ってくるとは思えません。
大切なことは、司会者としてあるいは進行役として、
自分が提供できる司会進行の最大限の努力を、
心を込めてやり遂げるという一点に尽きるような気がします。
もちろん平素の努力は前提ですよ。(かなりの努力です)
因みに弊社の司会者は、原則全宗派の僧侶用のお経本等を購入していまして、
司会の当日は、該当宗派のお経本持参で現場に向かいます。
(セミナーでも各宗派の差上については詳しく展開しています)
しかし、葬儀社さんで同様の資料をお持ちの方は残念ながら皆無のようです。
(セミナー参加者は除く)
「いやうちの会社にはありますよ」と言われて確認したこともあるのですが、
残念ながら全て街本でした。(本山出版部の僧侶用の物ではないのです)
これはお勧めできません。
そして
《葬儀・告別式の同時進行》についてですが、
社葬などの大型葬儀では同時進行しないこともありますが、
一般には、葬儀と告別式が同時進行しているのが現状です。
しかし主宰者(主に僧侶)側は、告別式の読経という意識は希薄でしょう。
また一連の流れの中で、厳密にどの時点からを告別式とするかというのも、
現実的には曖昧な部分があり、更には「お葬式」と一般に認識されているのは、
「葬儀」と「告別式」を併せたものです。
「お葬式」という言い方は、習俗的な捉え方と考えてください。
私は《告別式の時にこそナレーションで故人を偲ぶ・・・》という意見は、
間違っているとは思いません。
現在、東海・北陸・九州などの地域では、お花入れの前後にナレーションで
故人を偲ぶひと時を演出している葬儀社が結構あります。
これについて私は反対意見があるのですが、長くなるので止めときます。
参考になるかどうか分かりませんが、
弊社の司会セミナーでは、進行アナウンスの演出方法を教えています。
まったく同じアナウンス言葉でも、表現の仕方次第で雰囲気は全然違います。
言葉で伝えられないのがもどかしいですが、
「進行」も「司会」も「ナレーション」も「弔電」も、
どれも同じ司会理論で進められます。(ナレーションを特別視していません)
機会がございましたら、是非ご参加ください。
Sさんは葬儀の司会について深く考察され、
色々と疑問やご意見がおありのようですね。
私も昔は随分と悩みました。(今より情報が少ない時代です)
当時は全宗派のお経本を買い漁るだけでも大変だったのです。
そこで結局僧侶側から葬儀を見たい、僧侶側から葬儀社や司会者を見たい、
そう思って僧侶になるための学校へ通ったわけです。
反対側から物事を見てみるというのも結構面白いですよ。(お勧めします)
私の場合ですが、疑問や悩みが解消した部分も多かったです。
中途半端な回答になったかもしれませんが、ご容赦ください。
ご質問、ありがとうございました。
次は優しいご質問をお待ちしております。
井手一男